デフォルト名:立花眞里
文久4年7月。眞里や千鶴は池田屋事件以降、外出許可が下りることが徐々に増え始めていた。池田屋での働きが認められたらしいが、本人達は大したことは何もしていないと恐縮していた。
千鶴は単に外出できることは嬉しいらしく、素直に喜んでいた。事件をきっかけにしてか、事情を知らない隊士達も二人への接し方が変わっていた。正式な隊士ではないが、新選組に身を置く人間として認められたのだった。
気さくに話しかけてもらえるようになり、千鶴は笑顔が増えていた。
一方の眞里は、土方の仕事の手伝いをしている関係か監察方の面々との交流が増えていた。
「こちらの茶屋の汁粉は絶品なんですよ」
笑顔で店の奥を指さす島田に促され眞里は小さく頷くと、言われるがままに長椅子に腰掛けた。
暑い日差しに目を細め、吹き抜けた風が頬をなでるのが心地よい。
幹部との外出許可だったが、眞里は一部の土方が許可を出した者とであれば外出できるようになっていた。
その日の同行者は監察方である島田魁と、沖田総司であった。
当初は島田と二人で出る筈だったが玄関で出会った沖田がそのままついてきたのだった。
「島田さんのオススメなら間違いなく美味しいね」
「いやあ、買いかぶらんで下さい」
照れた島田が頬を掻くと見計らった様に汁粉が出されてくる。差し出されるままに一番を受け取ると眞里は期待の籠もった島田の視線のままに一口食べる。
言葉もなく自然と目元が綻ぶのを見て彼はホッと安堵した。自分にも渡された汁粉を手にして、沖田は若干嬉しそうな眞里と島田を見て笑った。
「でも意外だな。眞里ちゃん、甘いもの好きなんだね」
「……友人が無類の甘味好きで、毎日のようにつきあわされても嫌ではない程度には好きですよ」
苦笑混じりのとんでもない内容の言葉に反応は様々であった。
沖田は嫌そうに顔を歪め、島田は羨ましそうにぽつりと呟いた。
「毎日……」
「とんでもない奴だね、毎日だなんて胸焼けしそう」
「まあ、……見てる方は胸やけしますね」
しかし、毎日付き合っていたと会う眞里に対しても沖田が胸やけに近いものを抱いたことを二人は気づかなかった。
脳裏に浮かぶのは、尋常ではない甘味を簡単に消費していく姿である。自身の金は、槍と給金と甘味に費やすと言っても過言ではなかった。
彼を思いだし、眞里は胸元に手を当てて笑った。
その動作に沖田は目を細め、意味深な笑みを浮かべた。
「それ、よくそうしてるよね」
「何がです?」
「昔話をするとそうやって着物の上から何かを握りしめてる」
何があるの?と、好奇の色を隠さない沖田に苦笑すると眞里は汁粉を横に置いた。襟後ろに手を差し込むと何かを指先にひっかけてするすると引き上げる。
襟元から取り出すと着物の上に出す。
二人の視線を感じ、そっと手のひらに乗せると、ちゃり、と銭が擦れ合う音がした。
「それって……お金?」
「はい」
「へえ、変わってるね。普通首から下げるなら新八さんみたいに綺麗な石とかでしょう?」
じっと眺めていた島田は目を細めて何かを思い出そうとするが、思い出せなかったのか誤魔化すように笑みを浮かべた。
「誰かに貰ったものなんですか?」
「先ほど言った友に」
動作の答えを兼ねての答えに納得したのか沖田は既に汁粉へと興味を移していた。
紐に通された六文。紐は外されたとがないのか、結び目も見あたらず通された銭も見覚えがないものだった。
再び仕舞われたそれを目で追いながら沖田はお茶でのどを潤すと、不意に立ち上がった眞里を視界に納める。脱走するならば、斬らなければと柄に手をかけようとするが島田も立ち上がり眞里の後を追いかけたので止めた。
駆けていった眞里は、大荷物を乗せた荷車を押している町民と共に立っていた。何かを町民の一家の一人に渡し、何度も頭を下げられている。いつの間にか眞里の後ろには島田が立っている。
何度も頭を下げられ、淡い笑みを浮かべている所から察するに引っ越しの道中荷物を落としたことに気づかずに先へと進む一家に気づき、荷物を拾い追いかけたのだろう。
「ありがとうございます」
「いいえ、誰かに持って行かれなくて良かったですよ」
何度も頭を下げられるのは感謝半分、眞里が帯刀しているため不当な礼の要求を阻むためが半分だろう。
しかし眞里が荷車を後ろから押していた子供の頭を優しく叩き笑う姿を見て親二人は一層畏まって頭を下げ始めた。
「今度は落としたらすぐ気づくようにね」
「ほんまにありがとうございます」
「気にしないで下さい。早く発たれないと」
眞里がひらひらと手を振ると一家は深く頭を下げると道を急いでいった。
何度か振り返り手を振る子供に手を振り返すと眞里は島田を仰ぎ見た。彼もまた子供に手を振っていた。
「立花君はよく気づきましたね」
「引っ越される方が多いなと見ていたらたまたま目の端で落とされただけですよ。……それだけ、今の京は不穏な都なんですね」
「ええ、長州の浪人達が再び集まってきているようです」
町人が逃げ出すのは、戦の前。戦場が近い町や村は人々が次々に逃げ出していく。落ち武者に襲われ、荒らされるからである。落ち武者だけでなく、勝ち軍が理も何もない軍ならば同じこと。
戦がない時代でも、力の持つものによる弱者への不当な力の振る舞いは変わらないようである。それを思い眞里は深く溜息を吐いた。
千鶴はその日、十番組の巡察に同行していた。十番組の組長は原田左之助である。
強面だったり、近寄りがたい者が多い新選組の中で、面倒見がよく優しい人間は希少である。
千鶴にとって話しやすい人間は少なく、その内に原田は入っていた。よって、巡察に同行するようになってから抱いていた素朴な疑問を問いかけられる貴重な機会であった。
「あの、原田さん。新選組は今日の治安を守るために毎日、昼も夜も町を巡察しているんですよね? それで……、具体的には、どういうことをしているんですか?」
この様な質問は沖田にすると意地悪なことを言われ、藤堂には気恥ずかしくて聞きづらい。斉藤、土方、永倉は色々な意味で聞きづらい。近藤や井上には質問の機会がない。
千鶴の予想通り原田は嫌な顔を微塵もせずに、優しく千鶴を振り返り言葉を考えていた。
「ま、ピンからキリまで大小さまざまだな。辻斬りや追剥はもちろん、食い逃げも捕まえるし喧嘩も止める」
「食い逃げ……」
「商家を脅して金を奪おうとする奴らも、俺ら新選組が取り締まってるよ」
意外だと思った千鶴の顔から考えていたことが分かったのか、彼はからからと笑った。
「案外地味だろう?」
「そ、……」
否定したいが、否定できずに千鶴は口を噤んだ。素直な千鶴の反応に気を悪くすることなく原田は千鶴の肩を優しく叩いた。
「普段が地味だからな。だからこそ、池田屋ん時はあんなに張り切ってたんだよ」
「納得です。……でも、地味でも大切なお仕事です!」
地味だが、様々な土地から多くの人が集まる京で不定な輩を取り締まる者が居なければ治安は悪くなってしまう。嫌われ者ではあるが、必要で大切な仕事だと千鶴は思うようになっていた。
拳を握りしめて断言した千鶴を眩しいものを見るかのように目を細めた原田だったが、不意に顔を上げて道の先を見つめると手を振った。
千鶴も原田の視線の先を追うと見慣れた羽織姿が手を振っていた。
二番組の永倉新八である。
「永倉さん!」
昼の巡察は二つの組で別々の順路を行く。彼は、別の道順で巡察をしていた。
「よう、千鶴ちゃん! 親父さんの情報、なんか手に入ったか?」
近くまで来た永倉に笑顔で聞かれるが、千鶴は静かに首を振る。
「今日は、まだ何も」
「……んな顔すんなって! 今日がだめでも明日がある。そうだろ?」
「……はい!」
明るい口調で紡がれる言葉に元気を分けてもらえた気がした千鶴は笑みを浮かべて大きく頷いた。大きな声と喧嘩っ早いところが苦手だが、永倉の前向きな所は千鶴も好感を抱いていた。彼の笑顔は周りを賑やかにさせる。
「で、新八。そっちはどうだ? 何か異常でもあったか?」
「いんや、何も。……けど、やっぱり町人たちの様子が忙しねぇな」
言われてみて千鶴は巡察の際に見たものを思い出す。確かに町の人の様子は少しおかしかった。そわそわしていた。まるで何かが来るのに不安を覚え立ち去りたいのを堪えているような。
屯所で、何か悪さをした永倉や藤堂が土方がやってこないかとそわそわしている様子に似ている。
「そういえば……引越しの準備してる人も多かったですよね」
原田は納得したように頷く。
「戦火に巻き込まれまいと、京から避難し始めてるってことか」
「え……?」
意味が分からず目を瞬く千鶴を見て、そういえば教えてなかったな、と永倉が説明を加えた。
「長州の奴らが京に集まってきてんだよ。その関係で、俺らも警戒強化中ってわけだ」
「池田屋の件で長州を怒らせちまったからな。仲間から犠牲が出れば、黙ってられないだろ?」
二人の固くまじめな表情に千鶴も肩に力が入る。
長州は再び、何かを起こそうとしているのだろうか。新選組は京の治安を守るために戦っていて、池田屋事件でも長州の過激派浪士たちから京の都を守りきった。
けれど、京の人々は新選組に良い感情を持っていない。
こうして巡察している間も目を合わせないように顔を逸らされたり、ひそひそと噂をされ、あからさまに避けられるのは日常茶飯事である。
池田屋事件の後でさえ長州の味方をする町人が絶えないらしい。もちろん新選組の評判も以前より高くなってきているようだが。
「皆さん、京を守るために戦っているのに……」
理不尽さに悔しさがこみ上げ唇を噛む。しかし、千鶴が口にする不満を永倉はあっさりと笑い飛ばした。
「京の人間は、幕府嫌いだから仕方ねぇって」
「どちらにせよ、俺たちは俺たちの仕事をする。長州の連中が京に来ても追い返すだけさ」
先ほどの固く真剣な顔から一変して、快闊な笑みを浮かべる二人。
現状を事実として受け止めて、それに対する不満を言わない。そんなところが凄いと千鶴は一種の感動を覚える。
「対長州か……。もしかすると近いうちに、上から出動命令が出るかもしれねぇな」
新選組の上は、会津藩である。思い出した千鶴はぽつりと洩らした。
「それ、すごいことですよね?」
簡素な言葉だが、千鶴の素直な気持ちの籠もった言葉に原田は笑って頷く。
「そんな機会、滅多に無いだろうな。折角だからおまえも出てみるか?」
「えっ!?」
出る、というのは新選組として出動するということである。
出たいと言っても簡単なものではなく、気軽に口に出せるものでもない。
しかし、土方も近藤も代表として参加するだろう。もしかしたら眞里も出るかもしれない。羽織はないが、彼女は隊士達からも一目置かれている。
「んー……」
戦場になるかもしれない場所に、物見遊山で参加するものではない。しかし、皆と一緒に何かをしたいという気持ちも強く、眞里も行くならばついていきたいという気持ちも強い。何か手伝えることはないだろうかと考えるが戦場を知らない千鶴が思いつくものはない。
けれど、と千鶴は腕を掴む。戦場に出るのは、まだ怖かった。背筋がヒヤリとする殺気の中で動ける自信はないが。
『何処にいても、千鶴は千鶴がしたいことをすればいい』
眞里に言われた言葉が脳裏に蘇る。気づけば答えていた。
「私は――ちょっとだけ、参加してみたいです」
数日後、現実のものになるとは露とも知らず。
***
ゲーム中の描写ばかりであまり楽しくないかもですが。
後々引っ張りたいので六文銭登場です。
うちのバサラ設定は色々吹っ飛んでます。
合い言葉は「だってバサラだから」で何でもありです。
幸村が茶屋に現れるとその店はのれんをおろすほど、大量の甘味を食べます。武田の若き虎。迷惑な人。
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