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小ネタ日記

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薄桜鬼23

デフォルト名:立花眞里




 土方率いる隊は天王山へ逃げた浪士達を追いかけていた。その中に羽織を羽織らない姿で賢明に併走する千鶴の姿があった。
 隊士達は皆重たい打刀と脇差を差しているのに、走る速度は決して遅くない。一方、隊士と違い巡察に出ているでもなく、体力に自慢があるわけでもない千鶴は置いて行かれない必死に走っていた。
 千鶴の息が切れ始めた頃のことだった。

 市中を駆け抜けていた新選組の前に、一つの人影が立ちふさがった。
 先陣を切って走っていた土方は、その人影に異様な空気を感じて足を止めた。他の隊士たちにも、立ち止まるように手振りで合図をした。大部分の隊士は合図の通りに制止したが、血気にはやる隊士のひとりは、その合図を無視して駆け抜けようとした。

「うぎゃあっ!?」

 立ちふさがる人影に一刀のもとに切り伏せられた。倒れ崩れる人が赤く染まっていきのを見て千鶴は息をのむ。

「てめえ、ふざけんなよ! おい、大丈夫か!?」

 永倉は声を荒げながら、倒れた隊士を抱き起こすが、隊士の意識は既になかった。斬られた身体から、じわりと血溜まりが広がっていく。
 突然の攻撃に驚きながらも、隊士達全員が彼へと殺意を向けた。
 しかし、殺気を向けられた男は飄々としていた。猫柳色の髪に上質な着物に身を包み、刀を無造作に手に持っていた。

「その羽織は新選組だな。相変わらず野暮な風体をしている」

 からかうような言葉に、隊士たちの怒気はますます高まった。そんな中、千鶴は池田屋の夜を思い出した。
 この男は、池田屋に居て、沖田に重傷を負わせた男。千鶴は声を震わせながら、指先で男を指し示す。

「土方さん、あのっ……! その人! あの夜、池田屋に居ました!」

 土方は不機嫌そうに顔を顰め、千鶴の言葉に男はにやりと笑った。

「あの夜に池田屋に乗り込んできたかと思えば、今日もまた戦場で手柄探しとは……」

 その場に居合わせたと示すような口調で言う。

「田舎侍にはまだ餌が足りんと見える。……いや、貴様らは【侍】ですらなかったな」

 新選組の神経を逆なでするような、失礼な台詞が次々に彼の唇から語られる。明らかな挑発に隊士達は殺気立つが、土方だけは冷静に凍てつく眼差しで男を射抜く。

「……おまえが池田屋に居た凄腕とやらか。しかし、ずいぶんと安い挑発をするもんだな」
「【腕だけは確かな百姓集団】と聞いていたが、この有様を見るにそれも作り話だったようだな」

 男は倒れた隊士を見て笑う。土方のいうことなど端から聞いていないようであった。気付いた土方は眉をぴくりとつり上げる。

「池田屋に来ていたあの男、沖田と言ったか。あれも剣客と呼ぶには非力な男だった」

 土方は瞳を細めて、きり、と奥歯をかみしめた。
 千鶴は反論しようと息を飲むが言葉にできず唇を噛みしめる。
 沖田は強い。強いが、怪我を負ったのは事実であり、負わせたのはこの男である。

「――総司の悪口なら好きなだけ言えよ。でもな、その前にこいつを殺した理由を言え!」

 殺意をみなぎらせた永倉が刀を抜き放つ。隊士は事切れていた。
 日頃率先して大騒ぎをするのは永倉だが、彼が声を荒げるのは聞き慣れていない千鶴はびくりと肩を竦ませる。
 馬鹿だ馬鹿だと言われているが、いつもつるむ三人の中で一番理性的なのは永倉である。その彼が声を荒げるのは、それだけ彼の怒りを買ったということ。

「その理由が納得いかねぇもんだったら、今すぐ俺がおまえをぶった斬る!」

 怒鳴る永倉を、彼は鼻で笑った。しかしその顔は微かな怒りが滲んでいた。

「貴様らが武士の誇りも知らず、手柄を得ることしか頭に無い幕府の犬だからだ」

 彼は新選組から視線を背後に見える天王山に移す。

「敗北を知り戦場を去った連中を、何のために追い立てようと言うのだ。腹を切る時間と場所を求め天王山を目指した、長州侍の誇りを何ゆえに理解せんのだ!」
「え……?」

 その言葉を聞いて、初めて千鶴は長州の浪士達が切腹するつもりであることを知った。思わず土方を仰ぎ見るが、彼らは驚いた様子を見せていなかった。
 千鶴の以外の誰もが承知の事実であったことを、そして男が激怒するのは、自分とは無関係な長州侍のためであることを知る。
 彼は、彼らの誇りの為に、新選組の足止めをしようとしている。
 しかし、千鶴には納得がいかなかった。誇りとは、千鶴が知る誇りは。眞里が一番身近だが、それに近い。誇りとは自分で守るものである。心の中にある大切なものは、他人の手が触れることはできない。誰かに守って貰うものでもない。

「誰かの誇りの為に、誰かの命を奪ってもいいんですか? 「誰かに形だけ【誇り】を守ってもらうなんて、それこそ【誇り】がずたずたになると思います」

 男が言う誇りは、千鶴の思うそれとは違う。

「ならば新選組が手柄を立てるためであれば、他人の誇りを犯しても良いと言うのか?」
「そういうわけじゃ、ないんですけど……」

 鋭い視線に思わず口ごもる。言いたいことが伝えられないもどかしさに唇を噛む。
 土方はやり取りをみて、分かりやすい呆れを浮かべていた。

「偉そうに話し出すから何かと思えば……。戦いを舐めんじゃねえぞ、この甘ったれが」
「何……?」

 刀の柄を握り直す彼に対して、土方は平然と言葉を重ねて行く。

「身勝手な理由で喧嘩を吹っかけたくせに、討ち死にする覚悟も無く尻尾巻いた連中が、武士らしく綺麗に死ねるわけねえだろうが!」

 言葉が響きわたる。土方の威圧感に千鶴は我知らず後ずさっていた。

「罪人は斬首刑で充分だ。……自ずから腹を切る名誉なんざ、御所に弓引いた逆賊には不要のもんだろ?」

 凛とした声音が、理路整然とした論を紡いでいく。こういった言が土方らしかった。周囲を持論に組み込む。隊士達は男に煽られた激情を土方の論に添え、闘志へと変えていた。

「……自ら戦いを仕掛けるからには、殺される覚悟も済ませておけと言いたいのか?」
「死ぬ覚悟も無しに戦を始めたんなら、それこそ武士の風上にも置けねえな。奴らに武士の【誇り】があるんなら、俺らも手を抜かねえのが最期のはなむけだろ?」

 とうとうと語る土方の言葉は、彼の誇りや理由を紡がれている。言いたいことはわかる気がするが、千鶴に完全に理解できた自信はない。けれど、この二人は相反するものを抱えているからこそ、いくら言葉を重ねても互いの線が交わらないことはわかるような気がした。

 土方は刀を抜き放つと、構えている永倉を目で制した。永倉は顔をしかめるが、数秒の間を置いてから素直に刀を納める。

「で、おまえも覚悟はできてるんだろうな。――俺たちの仲間を斬り殺した、その覚悟を」
「……口だけは達者らしいが、まさか俺を殺せるとでも思っているのか?」

 二人の鋭い視線が交錯した次の瞬間、金属同士のぶつかり合う音が、真昼の町中に響き渡った。
 噛み合った刀と共に身を離し、土方は慎重に彼我の距離を取る。土方は強いが、相手は沖田を倒した相手である。油断はできない。
 永倉は刀の柄を握り締め、わずかに身体を前傾させるが、暫し考え込む。今にも飛び出さん限りの姿勢を見て、千鶴ははらはらとする。しかし、永倉は永倉は数秒の沈黙を経て、刀の柄から手を離した。

「土方さんよ。この部隊の指揮権限、今だけ俺が借りておくぜ!」

 彼と戦うことは本来の仕事ではない。この部隊は天王山へ駆けつけることが仕事である。
 土方は敵だけを見据えていたが、その唇は笑みの形に歪んでいる。永倉は肯定と見て頷き返すと隊士を振り返り号令を出す。

「いいか、おまえら! 今から天王山目指して全力疾走再開だ!」

 隊士たちは声を上げて了解の意を示す。土方の目論見を察し、殺気走った眼孔で隊士等を睨むが土方が阻むように刀で注意を引く。

「貴様ら……!」
「余所見してんじゃねえよ。真剣勝負って言葉の意味も知らねえのか」

 彼が部隊の邪魔をできないよう、土方は油断なく構え続けている。千鶴は走り行く隊の後方について駆けながら振り返る。

「……天王山で待ってますから!! 絶対、追いついてくださいね!」

 刀を構えたまま彼は数かに瞳を細めて笑う。

「おまえ、俺が誰だかわかってんのか?」

 聞くのも野暮だと思わせる、頼もしい声。千鶴は後ろ髪引かれる思いを振り払い、隊士に遅れないように天王山への道を走った。


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