デフォルト名:立花眞里
天王山に着いた永倉率いる隊は、隊を二手に分けた。永倉率いる半分は山を登り、斥候に。千鶴を含む残りの数名は、万一浪士達が下山してきた場合に備えて。
「……そろそろ、日が暮れちゃいますね」
「……大丈夫ですよ。そろそろ戻ってこられると思います」
何度目かのやり取りであった。千鶴が不安をこぼすたび、島田が微笑で慰める。千鶴の心配は永倉達でもあり、一人残った土方のものでもあった。
「大丈夫、なのかな」
最悪な想像をして唇をかむ。大丈夫だと、いいなと呟きながら顔を上げると、道の先に人の影が見えた。千鶴達に気付くと、まっすぐに向かってくる。その人影に感極まって涙が滲む。
「土方さん……!」
手の甲で顔を拭う千鶴の横で、島田も感極まった声で土方を呼んだ。
「ご無事でしたか、副長。……怪我もないようでなによりです」
感極まっている島田に同調して、何度も頷く。しかし、土方は不機嫌そうに歩いてきた道を振り返った。
「せめて一太刀浴びせたかったんだが、途中で薩摩藩の横槍が入りやがった」
「薩摩藩の横槍、ですか……?」
「風間……、風間千景とか言ってたな。あいつは薩摩の人間らしい」
「薩摩藩の人……?」
薩摩藩は会津藩に協力していたが、風間は新選組の邪魔をしていた。その奇妙な違和感に眉を寄せる。
「あの人……、風間さんは、上の指示を無視してたってことですか?」
「多分な。薩摩の連中も迷惑してるんだろうに、風間には強く言えないらしい」
「その風間とやらは薩摩の中でも、相当に優遇された立場があるんでしょうな」
「奴は身分の上に胡坐を掻いてる甘ったれだ。手柄なんざほしいに決まってるじゃねえか」
吐き捨てられた土方の素直すぎる本音に、千鶴も島田も思わず沈黙する。
そのとき、永倉が隊士を率いて山から下りてきた。彼も土方を見るとわずかな安堵を浮かべる。すぐに顔を引き締めると報告の体制を取るところはさすがと言うべきか。
「……上に行って見てきたんだけどよ、長州の奴ら、残らず切腹して果ててたぜ」
千鶴は俯いた。切腹されたのが残念なわけでもないし、新選組に殺されてほしかったわけでもない。ただ、人が死んだという事実が重たく千鶴にのし掛かる。
「自決か。敵ながら見事な死に様だな」
しかし土方はそう呟いて、薄く笑う。その声はどこか晴れ晴れとしていて疑問が浮かんだ。
「あの……。いいんですか?」
彼は先ほど、罪人は斬首が当然と言っていたその口で、切腹した彼らを讃えた。千鶴の疑問に土方は穏やかな表情で返答した。
「新選組としては良くねえよ。奴らに務めを果たさせちまったんだからな」
「えっと……」
「潔さを潔しと肯定するのに、敵も味方もねえんだよ。わかるか?」
「わかるようなわからないような、です……」
土方は千鶴の素直な返答に表情を柔らかくした。そしてそのまま永倉達を振り返ると声高らかに告げた。
「御所に戻るぞ」
道中、土方たちは今後の動きについての相談を続けていた。千鶴には内容はわからなかったが、これから先も新選組は忙しくなりそうだということだけ分かった。
長州の過激派浪士達が御所に討ち入ったこの事件は、のちに禁門の変と呼ばれるようになる。新選組の動きは後手に回り、残念がら活躍らしい活躍もできなかった。
長州の指導者たちは戦死し、また自らの腹を切って息絶えた。中には逃げ延びた者もいる。
彼らは逃げながらも、京の都に火を放った。
運悪く北から吹いていた風は、御所の南方を焼け野原に変えてしまう。この騒ぎが原因で、尊王攘夷の国事犯たちが一斉に処刑された。
京から離れることを許された新選組は、大坂から兵庫にかけてを警護した。乱暴を働く浪士たちを取り締まり、周辺に住まう人々の生活を守るために。
禁門の変の後。長州藩は御所に受けて発砲したことを理由に、朝廷に歯向かう逆賊として扱われていく。長州藩は朝敵となった。
屯所では眞里と原田の武勇伝が広まっていた。眞里と不知火の立ち会いには一般の隊士も立ち会っていた為に、興奮が興奮を呼び、眞里は稽古場で引っ張りだこだった。
「で?」
「おお、眞里君! 銃を弾いたというのは誠かい?」
何故か広間に幹部が勢ぞろいし、眞里は詰問の場の様に感じた。隣に腰を下ろした千鶴ははらはらとしている。
「と言いますと?」
「原田は不知火とかいう奴の銃撃を弾いたとか切ったとか言った。狙ってやれるのか」
ちらりと原田に視線をやるがへらりとした笑顔で返ってきた。
「ある程度の距離ならば見切れますから、弾くなり斬るなりできます」
「見えるの?」
「慣れです。沖田殿ならば経験を積めば見切れますよ」
他の幹部達でも斬れなくとも弾くのは可能だろう、と続けるとやり方の説明を求めるように皆が身を乗り出してきた。
眞里は面倒だと言わんばかりに眉を寄せると土方を見た。視線に気付いた彼は咳払いをすると幹部の意識を向けさせた。
「こいつの経歴は少し変わってるが、俺も近藤さんも承知している。知りたい奴はてめえで聞け。……とりあえず、近藤さん」
「ああ。今回池田屋の件で報奨金が出たのだが、眞里君と雪村君にも少しで申し訳ないが渡そうと思ってな」
大らかな笑みと共に近藤は袂から二つの包みを出し、眞里と千鶴の前に置いた。
見た目からして小判だが、眞里も千鶴も困惑してお互いに目配せしあう。
「ご配慮ありがとうございます。ですが、私には分不相応ですので……。ただでさえご厄介になっている身ですし……」
「私も、頂けません」
二人して包みには手を着けずに固辞するが、広間に重たいため息が重なった。
「言っただろ、近藤さん。隊士の奴らみたいに渡しても意味ないってな」
「うむ、トシの言うとおりだったな。だが、貰ってくれないか。そうだ、外に出て好きに使えばいい!」
「……近藤さん」
「なら俺がついてくよ、土方さん。それならいいだろう?」
「俺も俺も。それに眞里さんも刀、出したくない?」
眞里は思わず黙り込んだ。自分で行う手入れにも無理がある。昔に比べれば斬った数も頻度も少ないため傷んではいないが。新選組の幹部御用達の刀鍛冶なら心配はいらない筈である。
心揺れ動く眞里に苦笑して土方は、物々しげに外出の許可を出した。
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お金の感覚がいまいちわからないのでとりあえずお茶話濁した感じで。2両ぐらい?
次はお出かけです。
[3回]
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