TOS・TOA・彩雲国物語等の名前変換小説の小ネタを載せております。
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デフォルト名:立花眞里
土間に向かうとすでに数人の隊士が集まっていた。
皆一様に眞里がくるのを待っていたらしい。眞里が来る以前は自分たちで考えておこなって居た筈の朝餉作りの筈なのだが。
しかし、十番組は心配しなくともここ数回で手際はよくなっている。
「遅れてしまい申し訳ありません」
「いや、俺らも早く来すぎたな。んじゃ、始めるか」
赤毛に近い髪を束ね、長身の十番組組長の原田はにかっと笑うと、隊士に始めるように告げた。
この組と共に作る際の眞里の仕事は、器の準備と味付けの最終確認である。たまにもたつく隊士に助言を与えたり、手本を見せたりするが基本は隊士の自主性を重んじている。
食事の支度を隊士に仕込む。それが頼まれたことである以上、眞里が全てを取り仕切る訳にもいかないのだ。
「なあ、味噌汁の濃さはこんなんでいいのか?」
味噌汁を担当していた原田の傍らに行き、味見をする。
原田や斉藤が一番、安心して味見が出来る為戸惑いなく口に含む。
「大丈夫だと思いますよ。原田殿も味付けが上手くなりましたね」
「そうか? ありかとうな」
屈託なく笑う原田に眞里は思う。男が料理が上手になったと誉められても複雑だろうに、素直に礼を言う原田は変わっているのだろうが、眞里は接しやすい相手でもある。ごねられると対処に困るからだ。
朝餉の準備も問題なく進み、隊士が運び出している中茶器の準備と、今日の分の茶菓子を確認する。
屯所に身を置いて一週間が経過しようとしているが、近藤によくお茶を頼まれるようになっていた。
茶菓子を買いに行ける身分ではないが、監察方の者に頼めば買い足して貰える。その為、毎朝確認するのが日課である。
「あ、何か欲しいもんあるか?」
背中から掛けられた声に眞里はざっと茶菓子を見渡す。
今は金平糖がおいてあり、他にも幾つかの干し菓子がある。
「今のところは大丈夫です」
「いや、そうじゃなくてな」
笑いが含まれた声に疑問を抱いて振り返ると、原田が優しい笑みを浮かべて眞里を見ていた。言われた意味を理解しかねて首を傾げる。
「まだ外出許可が出てないだろ? 昼から新八と島原に行くからよ、帰りに土産買ってきてやるからさ。何がいい?」
「昼からお酒ですか」
「あ、呆れんなって。たまにはいいだろう。いつか誘ってやるよ」
「いえ、私お酒は……」
困ったように視線を漂わせると、原田も疑問に思うのか首を傾げる。
「弱いのか?」
「逆ですよ。幼い頃から飲み慣れてますから、お酒には五月蠅いですよ。それにあまり酔わないんです」
安い酒を毎日飲むよりは、金を貯めていい酒をゆっくり飲みたい。いい酒は、大体が強い。必然的に眞里は酒に強くなっていた。家系もあるのかもしれないが。反対に幸村は大層弱かった。
「んー、まあ酒の話はおいおいな。甘いものは好きか?」
「はい。好きですよ」
信玄が亡くなる前は、幸村と毎日のように城下で食べ歩いていた。
幸村のようにたくさんは食べないが、眞里も甘いものは好きだ。
懐かしい幸せな思い出を思いだし、眞里はふわりと微笑んだ。
その瞬間土間に居た人間は眞里を見て硬直していた。
稽古場で難しい顔や真剣な表情はよく見るが、そのほかの表情を浮かべているのはあまり見かけられない。幹部の中に土方や斉藤といったように難しい表情や淡々とした顔を日常からしている人間もいる。
しかし、眞里は極稀に優しい顔をする。
筆頭はやはり雪村千鶴と居るときだ。千鶴と話すときは柔らかい表情で、空気も穏やかである。
隊士の者は、千鶴がいないときに眞里の穏やか様子を見たことがないのだ。
しかし、今原田と話している最中に優しげな微笑みを浮かべた。原田以外の者には会話は聞こえていなかったが、それでも眞里の微笑は希少価値が高かった。
原田はくしゃりと笑い、眞里の頭を乱雑に撫でる。
「じゃあ土産に団子でも買ってくるかな。そうしたら茶、煎れてくれるか?」
「はい」
土産がなくとも、頼まれればいれるのだが。
久しぶりに甘いものが食べられる、と眞里はその日は機嫌が上向きであった。
広間に行き、膳の前に座ると千鶴が明るい様子で隣に腰を下ろした。
朝、部屋を出る前の様子と打って変わった表情に眞里はそっと千鶴の頭に手を置く。
「何かいいことでも?」
「はい! 当てて見て下さい!」
余程嬉しいことらしい。江戸を出てから久しく見ていなかった千鶴の笑顔に、眞里は肩から力が抜けた。心から安堵したのだ。
「そうだな……」
迷い、千鶴の様子をじっと眺める。その時、眞里のもう一方の隣に斉藤が腰を下ろした。
「雪村に、何度か稽古をつけたと聞いたが」
「ああ、そうだけど……。分かったよ、千鶴」
「えへへ、分かっちゃいました?」
やはり嬉しいらしい。少し乱暴に千鶴の頭を撫で、楽しげな千鶴を見ると自然と口元に笑みが浮かぶ。
「斉藤殿に褒めてもらったから?」
「はい、師を誇れと。眞里さんは私の二人目のお師匠様ですからとっても嬉しかったです」
千鶴が誉められたから、が大きな理由ではあるらしいが、それを通しての眞里への賛辞が嬉しかったらしい。
千鶴は人のことも我が事の様に嬉しがり、悲しみ、悔しがる。
「千鶴の太刀筋は元々真っ直ぐだった。……私は、私が相手をすることで変な癖がつかないか心配だったけど、斉藤殿がそう仰って下さったということは私の配慮も実を結んだということだね」
「変な癖、ですか?」
「そう。特に私の剣は千鶴とは真逆。そうではないですか? 斉藤殿」
静かに耳を傾けていた斉藤は肯定も否定もしなかった。しかし、何かを小さく呟く。
聞き取れなかった眞里は斉藤を振り返る。彼は再び、しかし眞里のみに聞こえるような声で言った。
「どちらも、曇り無いことには変わりない。あんたの剣も、いい意味でも悪い意味でも真っ直ぐだからな」
表情が無に近い斉藤は口元のみで笑みを作ると、周りにあわせて食前の合掌をした。
眞里と千鶴も慌てて合掌する。
伸びてくる箸を悉く交わしながら自分の食事を負えると、食後の茶を淹れに席を立つ。
見慣れた背中が小さくなるのを見て千鶴は小さくため息を吐く。
江戸を出てから続く非日常的な生活。新選組の屯所での生活も始まって一週間経過する。
行動を制限され、一日中眞里と意図的に離されて、監視され続ける生活。慣れてしまったら終わりな様な気がして、気を張っていたのに、最早これが日常へとすり替わりそうなほど感覚が麻痺していた。
「千鶴」
「あ、はい。ありがとうございます」
渡された湯飲みを受け取り、眞里へと顔を向けるが、何かを隠されるように強く頭を撫でられる。
眞里には、今の千鶴の複雑な心の内が見透かされているようで、自分が情けなくもあり、眞里の存在に救われていた。
夕暮れに染まる部屋で、千鶴はぼんやりと外を眺めていた。
眞里は、昼の後に稽古に向かいそのまま夕餉の支度に向かったまま帰ってきていない。
千鶴が部屋からあまり出られないのと反対に、眞里が屯所内を歩き回る。否、部屋に居られないようになっているため、眞里と千鶴が話をする時間ができるのは、早朝か、夕餉の後のみである。
広くない部屋も、一人では寂しさが募っていく。
「いつまで、こんな生活が続くのかな。父様が無事かどうかなんて、ここに閉じこもっている限りわからないし……。いつになれば外出許可が下りるのかも、出張中の土方さん頼みだし……」
後ろ向きなことを考えた途端に、暗い独り言が次々と口をついて出ていく。
今は、とにかく待つしかないのだと思っていても、何度も同じ事を考えてしまう。
現状が打破されない限り、千鶴の不安は増していくばかりである。
「でも……」
不意について出た言葉は、千鶴も知らぬうちに明るい響きが伴っていた。
「皆、良くしてくれるし。……きっと、根は良い人たちなんだよね」
たとえ、彼らが千鶴と眞里の生殺与奪権を有している、巷では人斬り集団と呼ばれていても。
「君さ、騙されやすい性格とか言われない?」
「っ!!?」
彼らの顔を思い出していた千鶴は、突然聞こえた楽しげな声に驚き、慌てて振り返った。
そこには何気ない顔で沖田が部屋の中にいた。
「ど、どどどうして沖田さんがっ!?」
「あれ、もしかして気づいてなかったとか? この時間帯は僕が君の監視役なんだけどなー」
千鶴と眞里には常時、幹部の監視がついている。
常時ついているということは、千鶴が気づく前からずっと居たということである。そのことに気づいた千鶴はおそるおそる沖田を伺い見る。
「もしかして、私の独り言も全部……?」
沖田は答えずに、目を輝かせて首を傾げて見せた。ただそれだけの動作で、彼の答えを知った千鶴は羞恥でうなだれる。
更に千鶴に追い打ちを掛けるように、襖の陰から音もなく斉藤が姿を現す。
「総司、無駄話はそれくらいにしておけ」
「……斉藤さんも聞いてたんですか?!」
「……つい先程来たばかりだが」
ほっと胸をなで下ろすが、千鶴の様子を見て斉藤は小さく首を傾ぐ。
「そもそも今の独り言は聞かれて困るような内容でもないだろう」
内容云々よりも、聞かれた事実が問題であると千鶴は一人心の中で羞恥にあがくが、楽しげな笑みを浮かべる総司と千鶴を見て斉藤は困ったような顔をした。
「夕飯の支度ができたんだが、……じゃまをしただろうか? あんたと総司の話に一区切りついたら、声をかけるつもりだったんだが……」
ちらりと総司を見ると、長引きそうだったからな。と続けた。そしてそのまま視線を廊下へと向けると、誰かが駆けてくる音が響き、藤堂が膨れ顔を覗かせた。
「あのさ、飯の時間なんだけど―」
「すまん平助、今行く」
「はいはい、千鶴も急げって。早くしねえと食うもの無くなっちまうからね」
斉藤の返事に顔を元に戻すと笑みを千鶴に向ける。千鶴は自分の独り言のせいでドタバタしてしまったことに思い至り、慌てて頭を下げる。
「ごめんなさい、藤堂さん。すぐに行きます」
先に向かいかけていた藤堂は立ち止まると、不満そうな顔で千鶴を振り返り口を開いた。
「あのさ、その『藤堂さん』ってやめない? みんな平助って呼ぶからそれでいいよ」
「で、でも……いいの?」
「歳も近いから、そのほうがしっくりくるし」
「じゃあ……平助君で」
千鶴の言葉に平助は満足げに頷く。それと同時に何かを思い出したように、腕を組む。
「眞里さんもまだ『藤堂殿』なんて呼ぶもんなぁ。俺より年上の人にそうやって言われるのもむず痒いし、眞里さんにも名前で呼んでもらおうかな」
妙案だとばかりに駆けていく藤堂を呼び止めようとするが、千鶴の声も届かず彼は先に戻ってしまった。
「どうかした?」
「あ、いえ……。多分、眞里さんは平助君のこと名前呼びを了承しても、『平助殿』のままだと思うんです」
「……それは仕方のないことだ。早く行くぞ」
さっさと歩き出す斉藤と沖田に置いて行かれないように千鶴も慌てて部屋を後にした。
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まだまだゲームから離れられませんね。
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デフォルト名:立花眞里
千鶴と眞里が新選組に身をおいてから一週間が経過しようとしていた。
その間、新選組に身を置くことが決まった日の夜に幹部と約束した通り、二人は男装を続けていた。
袴を穿き、晒しを巻きつけ着流しで一日を過ごす。
戦国の世の武将であった眞里からすれば、窮屈な鎧で過ごさぬ間はいつも袴と着流しであった為に別段不自由は感じず、逆に言えば普段通りであった。
「千鶴、疲れた?」
「はい……。最初の事を思えば、命があるのとの方が有り難いって分かっているんですけどね……」
苦笑いを浮かべながら千鶴は静かに髪を高く結い上げる。
千鶴は生まれたからずっと、女子として過ごしていた。女髪を結って、小袖に身を包み。
そんな生活から一転して袴ばかりだとやはり窮屈なのだろう。
加えて、千鶴と眞里は二人部屋である。
多くの隊士達は組ごとに大部屋で、二人部屋や一人部屋は幹部のみである。
突然現れた子供、しかも隊士でもなく大層な仕事をしている訳でもない千鶴が二人部屋を使用していることに、不満を隠さない隊士が多い。
幹部達は監視と称して千鶴に仕事を手伝わせたりするが、それでも小姓と呼ぶには半端な仕事振り。
話しかけたとしても男言葉になれない千鶴は上手く言葉のやりとりができず、気まずい空気が流れていた。
一方の眞里は手が完治して以降、稽古場で水を得た魚の如く鬼神のように槍と刀を振るい、隊士達から畏敬の念を抱かれていた。
槍は原田に引けを取らず、刀も沖田に引けを取らない。
刀も槍も手足のように使いこなす眞里に、感化されてか憧れてかここの所稽古場は人で溢れていた。
更に、武術の腕前だけでなく料理もきっちりこなす眞里は隊士の憧れの的であった。そんな眞里と同室であるためか、千鶴への眼差しは羨望、妬みも混ざっている。
そのことに千鶴は気づいていなかったが、眞里は申し訳なく思っていた。
「いつ父様を探しに行けるのかなぁ……」
寂しげな響きに眞里は千鶴を振り返る。
暗いけれど無理矢理明るくしようとしている表情に苦笑しか浮かばない。すっと腰を上げて千鶴の側に腰を下ろすと千鶴の頭をそっと撫でる。
「土方殿は、意地悪で私たちに外出を禁じている訳ではないよ。まだ、時期ではないってことなんだろうね」
「それは……そうだと思うんですけど。探しに来たのに……」
探しに行けないもどかしさ。それを紛らわせたくとも、千鶴は部屋からは出れない。それが余計にもどかしさを募らせるのだろう。
「土方殿は今は大坂だ。屯所内を歩くぐらいなら大丈夫じゃないかな?」
どうせ監視もついているのだから、歩いたって構わない筈。けれど真面目な千鶴は迷うように首を捻る。
「うーん……」
信用されていないわけではないが万が一何かが起こったら困る。今の監視の意味はそんなところである。
だから、あまり隊士がうろついていないこの時間帯はまだ監視がついていない。
「私は中庭で素振りをしているから、気が向いたらおいで」
「はいっ!」
最近の日課である。
稽古場は幹部がいなければ使用してはいけない。だが、朝餉の前に鍛錬をしたい眞里は、朝から親しくもない男子の部屋に行く心意気は持っていなかった。
その為、毎朝中庭で素振りをしていた。
今は大坂にいる土方には、はじめたその日に見つかってしまったが、静かに型をなぞるだけの眞里に中断を言い渡さず「周りを壊すなよ」とだけ言って背中を向けた。
それを土方の許可と取った眞里はそれから毎朝中庭で素振りを続けている。
「……朝から威勢がいいな」
廊下の板張りで立ち止まる音がする。
振り返らなくとも、気配で斉藤と沖田の二人だと分かる。
分かっているが中断するのも嫌なのでそのまま続ける。
無視していることが気にならないのか、沖田もその背中に声をかける。
「おはよう、眞里ちゃん。稽古場は使わないの?」
ようやく振り終えた眞里は、乱れた前髪を軽く払って二人を振り返る。
「おはようございます。沖田殿、斉藤殿。稽古場は、幹部の方々の誰かとと言われているので」
「なら起こしに行けばいいよ。みんな喜んで付き合ってくれるって」
「……総司」
楽しげな沖田を制した斉藤に眞里は首を振る。
「流石にそこまでは。それにこれは一人で行うことですし、土方殿から許可を頂いていますので」
「土方さんが? 珍しいな」
「副長は何と?」
本当に驚いたのか目を丸くする二人に、眞里は首を傾げる。
「何も壊すな、と」
「……あんたはよく副長が言いたいことを理解できたな」
「本当だよ。素直じゃないから、千鶴ちゃんとかだったら絶対勘違いしてるよね。いや、大体の隊士もそうかな」
本人に聞かれる畏れがない為に言いたい放題である。
けれど、それだけ土方が彼らに愛されているということだろう。
「優しさとは目に見える全てではありませんから。土方殿はまだお素直な方ではないでしょうか」
素直ではないのに優しい人を眞里はたくさん知っている。
奥州伊達筆頭、独眼竜伊達政宗、その参謀の片倉小十郎はその典型だ。彼らは見た目の凄みも加わって誤解されやすさは土方の比ではない。
「ふーん、よく言ったもんだね。で、僕らは伝言だよ。十番組がもう張り切って朝餉の準備をしようとしていたよ」
「ありがとうございます。では失礼します」
いつもならば誰も準備を始めない時間の筈なのだが、十番組と三番組は朝が早い。
まだそのことが身についていない眞里は慌てて中庭から廊下へと上がった。
伝言を継いでくれた沖田と斉藤に軽く頭を下げると、部屋に槍を置きに向かった。刀は腰に挿せるが槍は持ち歩きには不便なためである。
去りゆく背中に、沖田は楽しげにくすくすと笑う。
「彼女、僕たちと同じ年って言ってたよね」
「ああ」
「なのにああも固い口調だとつまらないよね」
千鶴には、優しいのに。
そう呟いた沖田に同意するのか斉藤は小さく頷くが、しかし、と続ける。
「彼女なりの線引きなのだろう。信用と信頼は違う」
「仕方ないこと、ってことだよね。でも」
やっぱりつまらないよね。
そう呟く沖田を横目に、斉藤は先ほど見た眞里の素振りを思い出す。中庭の土には無駄な足跡がついていない。
手合わせからはきちんとした流派は見いだせなかったが、先程の素振りから思うにやはり我流に近いのだろう。
しかし、その型は近藤や土方の型に似ているように思えた。
人を斬るための剣。
おそらく新選組のどの隊士も、人を斬った経験は眞里には適わないだろう。そう言ったのは土方だったか。
原田達ははじめは笑って一蹴したが、彼女と手合わせをすると一同に同意を示した。
「おはようございます。沖田さん、斉藤さん」
中庭へと足をおろしていた二人へ、廊下から声がかけられる。
先程とは逆の立場で、沖田達が立っていた場所には千鶴が居た。その顔色は冴えない。
「おはよう、千鶴ちゃん。明るいような暗いような、微妙な顔してるね」
沖田のからかいの含んだ声に千鶴は驚いたように頬に手を当てる。
「な、何か顔に出てますか……?」
「むしろ、その反応に出ていると思うが。俺たちに用があるなら言うといい」
といいながらも千鶴が言いたいことなど分かり切っている。
父親を捜しに京まで上ってきたというのに、外出もままならない。
予想通りの答えを言う千鶴に斉藤は無理だと告げる。千鶴の外出の為に避ける人員が整っていないのだ。と。
しかし、却下されても諦めない千鶴に沖田が考えるように、妥協策を告げる。
新選組は京の治安警護の為に組毎に巡察にでる。それに同行すれば、護衛はいらない。
しかし、巡察は命がけである。
取り締まる浪人は捕まれば最後とばかりに命がけで抵抗してくるのだ。その際、自分の身を守れない者などつれては行けない。
意地悪な口調の沖田が言うことは正論であった。
「私だって護身術くらいなら……」
「ならば俺が試してやろう。腰のものが飾りではないと証明して見せろ」
突然の事に驚いた千鶴は、自身の小太刀と斉藤を見比べる。
雪村家に伝わる刀。肌身はなさず持つようにと言われて、小太刀の道場に通い護身術は身につけた。
眞里が来てからは何度か稽古もつけて貰っている。
「確かに小太刀の道場に通っていましたし、眞里さんに何度か稽古はつけてもらってますけど……」
「加減はしてやる。遠慮は無用だ。どこからでも全力で打ち込んでこい」
「でも……」
突然の言葉に動揺を隠せない千鶴を、斉藤はつまらなさそうな顔で見る。
「どうした、雪村。その小太刀はやはり飾りか。立花に稽古をつけてもらったのだろう」
「でも、斬りかかるなんてできません!! 刀で刺したら、人は死んじゃうんですよ!?」
千鶴の言葉に二人は呆気に取られたようだった。ぽかんと目を見開いて千鶴を凝視している。
おかしな事を言っただろうか、と首を傾げると次の瞬間に沖田は腹を抱えて大声で笑い出した。
「斉藤君相手に『殺しちゃうかも』なんて、不安になれる君は文句なしにすごいよ。最高!」
「…そりゃあ、勝てるなんて思ってはいませんけど……。刀って、斬るものなんですよ? 万一にも怪我しちゃったら困るじゃないですか。それに、人を傷つけるかもしれない刃物を、意味もなく抜くなんてできません……! それに、江戸を出るときに眞里さんにも言われたんです。刀を抜く以上、相手と自分の命を刃に乗せることを忘れるなって。相手の命を背負う覚悟がないなら、決して抜かずに逃げろって……」
その言葉は千鶴を安心させた。自分でも甘いことを言っていることを理解している千鶴は、同意してもらえてホッとしたのだ。
護身術を習っていて、身を守るために刀を振るうことはあるかもしれない。けれど、振るわずに逃げることが適うならそうしたかった。
だから、江戸を発つ時に言われた言葉は千鶴の支えでもある。
千鶴の言葉を聞いて、笑いを納めた沖田は笑みを浮かべた。悲しさと優しさが内包した複雑な感情が色濃い笑みを。
「君の気持ちはわかったけど、自分の腕前を示しておけばいいことあるかもよ。君がそれなりに刀を使える人間だってわかれば、僕たちも君の外出を少しは前向きに考えるし?」
考えつかなかったことに千鶴は驚いた。
「どうしても刃を使いたくないと言うのなら、鞘を使うか、峰打ちで打ち込め」
先程までの千鶴ならばその言葉にまだ抵抗を示した。
しかし、自分が試されている理由を知った今は、迷うことなく小太刀を引き抜いた。
「よろしくお願いします」
千鶴が小太刀を峰打ちで構えると、斉藤は小さく笑って頷いた。
結果としては、居合いの達人である斉藤に簡単に刀を弾かれてしまった千鶴であるが、斉藤のお墨付きをもらうことができた。
斉藤と沖田が巡察の同行を頼むと請け負うが、やはり出入り禁止を申し渡した土方がいない現在。現状のまま変化が見込めないのは仕方のないことだった。
朝餉の準備が出来たと声をかけられ、三人は連れたって中庭を後にした。
中庭には来たときとは打って変わって晴れやかな顔をしている千鶴に沖田は楽しげに笑みを零した。
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デフォルト名:立花眞里
剣術指南役としてのみ、新選組にいることを紹介された眞里は片腕を負傷していることを甘く見て食ってかかってきた隊士を片手のみで軽くあしらって見せた。
「一本!」
あしらわれた者は、転がされたまま信じられないように天井を眺めていた。
稽古場に緊張が走る。それと同時に幹部達の顔に笑みが広がる。
「どうだ、立花」
「筋はいいと思います。後は自身の特性を自身で気づき、伸ばすことでしょう」
「あ、ありがとうございました!!」
土方の問いに、ちらりと起き上がった隊士を見ると、彼は目を輝かせて眞里に頭を下げていた。
眞里も彼に向き直ると深々と頭を下げる。
「こちらこそ、お相手ありがとうございました」
「おっしゃー! 次は俺だ! 二番組組長、永倉が相手だ!」
眞里が頭を上げると目の前に木刀が突きつけられる。
手を辿ると永倉が目を爛々と輝かせて眞里に勝負を挑んでいた。
新八の行動にギョッとしたらしい土方が制するように口を開く。しかし、眞里は土方へ目配せすると永倉と見合った。
「かまいませんよ」
「だが……」
「戦場では、手を負傷しようが敵は待ってはくれません。片手でも如何様に戦い方はあります」
別段左腕を使うことは気にしないが、今はまだ千鶴から怒られる為に使わない。
眞里の正論に、体格差から不安そうに眺めていた者は見守る眼差しへと改めていた。
右手に木刀を握ったまま軽く素振りをして具合を確かめる。
武田の紅蓮の二槍、真田幸村と互角に戦える。その為、永倉相手に何も心配はしていないが、あるとすれば、一年間の空白期間である。
「お願いします」
「よろしく頼むぜ!」
久々に感じる心地よい闘気に不敵に微笑み、眞里は構えた。
副長室に、近藤と土方、眞里の三人がいる光景は中を覗いた者には奇妙に映るだろう。
渡された茶器で器用に茶を煎れる眞里に関心する二人に眞里は苦笑を浮かべる。
「上手い! 上手い茶など久しぶりに飲んだな。なあ、トシ」
「ああ」
「ありがとうございます。……お話とは」
分かっていることではあるが、あえて問うと「お前さんも分かっているとは思うが」と土方に返される。
その静かな声にそっと目を伏せる。
「お聞きになっていたと思いますが、この時代に伝わる史実と違う私の生きた戦国の世。何故斯様に違うのかと疑問を抱かれたのではないかと思われますが」
「分かってんだな。率直に言おう。……俺たちはあんたが、戦国の武士だということに疑問は抱いちゃいねえよ」
眞里は思わず言葉を無くし、目を瞬いた。
千鶴とは違い、新選組とはまだ三日もないつきあいである。なのに何故そのようにきっぱりと言われるのか。
「先ほどの刀の腕前に立ち振る舞い。それに……刀、だな」
「刀、ですか?」
「ああ。……刀も槍も、俺達がお目にかかれないような名品だ。目利きみてえに細かいことは分からんが、年代もんってえことも分かる。それに……」
言葉を切った土方や、近藤の瞳に眞里はもう言葉を必要としなかった。
この二人には全て話してしまっても受け入れてもらえる。
そんな気持ちを抱かせる眼差しだった。
「これは、私の推測に過ぎないのですが……」
眞里は一言断ると、一年かけてたどり着いた結論を述べた。
「……ここは、私が生きた戦国の未来ではないのでしょう」
「――言葉ではそう簡単に言えるがな……」
こめかみを抑えた土方を見て、己の手元へと視線を落とす。
湯飲みに注がれた茶が懐かしくも切ない香りをくゆらせる。
自然と浮かぶ笑みは自嘲になる。
「……ですが、どちらにしろ私が生きた時は今ではない。……それは、どちらにしろ変わらないのです」
この国の過去だろうと、何だろうと、ここには眞里の知る者は一人もいない。
武田は滅亡し、豊臣が日の本を統一し、徳川が幕府を開いている。ただ、それだけのこと。
今ここに、武士のいない時代に武将の立花眞里がいる。ただそれだけのこと。
納得してしまった眞里は、何とも言えない表情の二人の前に太刀を鞘ごと差し出した。
訝しむ二人に、「婆沙羅をご存じですか?」と続ける。
「歌舞伎者のことか?」
「いえ、鍛え抜いた武将が手にする力のことです」
太刀を握ると、刀身を滑らせ少しだけ曝す。
二人の視線が集中したのを見ると、柄にかけた手に力を込める。
キン、と小さな甲高い音が響く。次の瞬間には、曝された刀身を氷が覆っていた。
息を呑む音がする。
驚愕の表情をする二人を気にかけることなく眞里も氷で覆われた刀身を見つめる。
「……婆沙羅にはいくつかの属性があります。私は『氷』。他にも『炎』『雷』『闇』などがあります。私が生きた戦国の世で、名のある武将は皆この力を使いこなし闘っておりました。徳川家康公は『光』」
力を調節し氷を消し去ると刀身を納める。力の使い方は様々だが、とりあえずは一般的なものを披露した。
眞里が居住まいを正すと、目の前の意識が現に戻される。
「一年、数々の歴史書軍記者を読みました。私が知る、戦国の世とは似ても似つかぬ伝記ばかり」
この力はこの国にはあってはならぬもの。そう結論づけた眞里は、その時から力を封じていた。それを今この二人に見せたというのは、自身の処遇を全て託す。
黙したまま互いに目配せした、新選組を率いる者は軽く咳払いをすると、眞里に太刀を戻すように告げる。
「あんたはその力を使わなくても十分強え。それは新八との立ち会いではっきりした」
片腕のみの勝負において力では永倉には適わないと、一撃を受けて判断した。眞里は素早さを重視した戦法に素早く切り替えると、永倉の懐に潜り込み急所を押さえたのだった。
江戸で流行っていた剣術とは美しい型にはめるもので、眞里は相容れないと判断して通うことはなかった。
相手に勝つのではなく、相手を殺す為の剣術は人には向けられない。相手にも力量があれば、ある程度の加減は可能だがそうでなければ殺してしまう。
「只でさえ強ええのにその力は反則だ。だから、俺の許可がない限り使用は禁ずる」
土方の言う反則は、悪い意味で取られるものではないことはその響きでわかった。
仏頂面を浮かべた副長の言葉に眞里は深く頭を下げた。
眞里の生きた戦国と、史実の戦国時代が噛み合わずとも詮議は無用。そういうことなのだろう。
そして、許可さえあれば護るために自分の全力を尽くすことができる。
だから、二人の誠意に深々と頭を下げた。
そんな眞里を近藤はにこにこと見守り、土方はばつが悪そうに頬を掻くと低い声で「他に」と付け加えた。
「鍛錬場は幹部を同席させればいつ使ってもいい。……外出はいずれは許可するが暫くは屯所内で待て」
「はい」
「あと……」
言葉を切り、躊躇うと土方は視線を彷徨わせる。
視線を捉えられない眞里は不思議に思いながら言葉を待つ。
近藤は土方が言葉を発するのを惑う理由が分かっているのか、苦笑いを浮かべる。
「眞里君は、厨に立ったことはあるかい」
「はい。戦場で煮炊きも手伝いましたし、一通りの家事はこなせます」
眞里を武将として育てたのは父であり、母は武家の娘としての教育を叩き込んだ。
武将に、あるいは農民に嫁いでもいいように。それに加えて。
「前田利家殿の奥方のまつ殿には料理修行として全国行脚に同行させられましたし、人並みには」
味付けは自分好みになるのだが。
全国行脚を思い出して眞里は思わず遠い目をする。
野菜を求めて奥州伊達領に忍び込み、米を求め最北端へ。まつたけを求め春日山。かじきまぐろなるものを求め、西海の鬼長宗我部、異国の野菜を求め九州のザビー教まで。
「いいとこの娘さんだろ?」
「…まつ殿が仰るには、殿方には妻が美味しい食事を作るからこそ戦場から生きて帰ってくるのだ、と」
実際、利家はまつの為に身を呈して闘い、まつの為に闘いを忌避していた。
そういえばあの夫婦に会う度に幸村が顔を、戦鎧と同じくらい赤く染めては「破廉恥でござるぅぅぅぁぁぁ!!」と叫んでいた。
眞里の返答に二人は頷くと、疲れた顔をして笑った。
「食事は各隊の当番制なんだが、まともな飯を作れる奴が少ねえんだ。ついでに、飯炊きの仕方も教えてやって欲しい」
「それぐらいでしたら」
「今日の夕飯は一番組と八番組で、明日の朝飯は三番組と十番組だ」
一番組は沖田、八番組は藤堂。三番組は斉藤、十番組は原田の組である。
「時間になったら俺が連れて行く」
「では部屋で?」
「ああ」
分かりました。そう頷く眞里は、賑やかになりそうなその日の厨を思った。
凄腕の剣術指南は、飯の支度も凄腕である。
そんな噂が翌朝までには隊士中に流れていた。
***
女二人を部屋に入れとくとろくなことにならん。ということで、素直すぎる千鶴は部屋に。
放っておくとうろうろしそうな眞里は、仕事を与えました。
全国行脚とは、BASARAのあれです。
新選組幹部の中では腕力はそこまで劣らず、おそらく実践の腕もピカ一です。だってBASARA出身(笑)
銃弾も幸村のガードのように槍を高速回転で弾きます。
戦極ドライブが発動すると、「いざ、推して参る!!」となります。口上はふつうでも……
[0回]
デフォルト名:立花眞里
その日の晩、土方達幹部が神妙な顔で訪ねてきた。
屯所内は男子のみ。その中に女子が二人も混ざっているとなると、隊内風紀も乱れ、外部に噂が流れれば面倒なことになりかねない。良くない勘繰りも生まれる可能性も、綱道氏を狙う存在から千鶴が狙われるとも限らない。
小さな可能性はできる限り潰しすべき。それらの理由から、眞里と千鶴の両名は男装で過ごすことを強いられることになった。
その反応はそれぞれだった。
千鶴は慣れない男装を続けることに、ため息を吐きながら納得して受け入れたがやはり慣れない生活への不安が先立つようだった。
一方の眞里は渋ることもなく快諾したのみである。
「すまねぇが辛抱して貰う」
「私のことはお気遣い頂かなくとも大丈夫です」
生まれてから十数年。男だらけの武田軍の中で武将として、そして立花の跡継ぎとして生きてきた。
女子としての生き方もできる筈だが、男装の方が落ち着くのだから。
「それと、この一部屋をやるから引きこもってろ」
「え……でも、」
土方の言葉に千鶴は首を傾ぐ。
朝方の話では千鶴は土方の小姓にするという話であった筈だ。沖田が揶揄するように尋ねると、土方の顔が引きつる。
「いいか、総司。てめぇは余計な口出しせずに黙ってろ」
「はいはい、分かりましたよ」
にたにたと笑いながらも引き下がる沖田を見て、土方は疲れたように大きく息を吐いた。一拍呼吸を置くと眞里へと向き直る。
「あんた、その怪我が治ったらどうする」
「どうする……と言われましても」
吊られた左腕を眺める。
昼の後に千鶴に手を容易に使わないようにと厳重に注意を受けた手当の後である。
左腕の怪我は眞里の中の基準では大したことのない傷だ。
傷が治ったら―――。ちらりと土方へと視線を向けると彼も眞里の左腕を見ていた。
「……鍛錬で感覚を取り戻したいです。主がいなくとも、この腕を錆びさせるつもりは毛頭ありませんので」
けれど。今自分が置かれている身分で果たして刃を振ることを許されるだろうか。
恐らく無理だろう。この広くはない室内でできる限りの鍛錬を行う。それしか術はないように思えた。
眞里の顔が苦悩に陰ったのが見えたのだろうか。土方は、静かに眞里の名を呼んだ。
「はい」
「……あんたなら、男の格好も堂に入ってる。昨日の晩の様子から見りゃ剣の腕もなかなかと思う。……剣術指南を頼みたい」
刀を隙なく構えた動作や、所作などから土方の剣の腕も高いことが伺える。同様に、眞里の腕も昨晩の一刻に満たないやり取りで知れたのだろう。
剣術指南と言われ、眞里は首を傾げた。
「私の刀も槍も、戦向きです。確実に相手の息の根を止めるもの。――それでもよろしいのですか」
眞里の刀も槍も、戦で何人の戦意を喪失させ、息の根を止めるかを突き止めたものだ。
しかし眞里の疑問に土方はにやりと笑い。隣に立つ沖田も楽しげな様子でやりとりを眺めていた。
「上等だ。相手も死ぬ気でかかってきやがる」
「君みたいに、土方さんみたいな見た目の人にこてんぱんにされれば隊士もやる気があがるからね」
土方の頬がぴくりと上がる。
思わず土方の顔を眺める。
端整な顔立ちは、『役者のよう』と言うらしい。江戸にいる際、眞里もよく街の人々から言われていた。
役者、というのはいまいちしっくり来ないが、女の眞里が男装をすると土方の様な風貌になる。
千鶴も眞里と土方の容貌を見比べるとなるほどと納得したように呟いた。
その場の忌々しいであろう空気を払拭するために土方は一つ咳払いをすると眞里の名をもう一度呼んだ。
「なぜ、私に?」
「……正直に言やぁ今、新選組(うち)は人手が足りねえ。あんたが隊士にいれば、こいつも脱走なんて考えねえだろうしな。……だが、お前を隊士とするのは近藤さんが反対した」
「かといって、役立たずを何人もここに置く余裕はないからね」
だから剣術指南役。なるほどと眞里は納得した。
堂々と鍛錬もできるし、ただ飯ぐらいだと気にする必要もなく、鍛錬の相手もできる。
千鶴は沖田の言葉を気にしているようだったが、眞里は口元だけで笑った。
「その話、お受けします」
「……でも、眞里さん」
「大丈夫だよ。……大した修羅場を抜けていない奴の剣などで私は怪我なんかしない」
不敵な笑みと共に千鶴に告げられた眞里の言葉に、土方や沖田は眞里を不愉快そうに見るが眞里は気にせずに千鶴の頭を撫でる。
「言ったよね。武士は受けた恩は必ず報いると。……千鶴にはたくさんのものを貰ったの。私のこの腕で君を守れるならこれ以上ないくらい幸せなことだから」
「でも、京に来るまでたくさん守って貰った」
「……武田の者は一度約したら決して違えない。それが、武田。私は武田の武将。そう言ったよね」
無理矢理な言葉だが、眞里が一度決めたら泣き落としでも変えないことを分かっている千鶴は不承不承ながらも頷いた。
「顔合わせは明朝にでも行う。その時に槍も渡す」
「ありがとうございます。土方殿」
「じゃあ僕らは戻るね。おやすみ」
出て行く二人を見送り、千鶴は気分を変えるためか寝床の準備をはじめた。
しかし、その背中が不満そうなのを見て眞里は息を吐いた。
「ねぇ、千鶴」
「はい?」
「……少し、話をしようか」
寝床に腰を下ろし千鶴を見ると、彼女は首を傾げながら眞里の普段とは違う様子に素直に真っ正面に腰を下ろす。
「千鶴は、武田信玄を知っている?」
突然なことに驚きつつも千鶴は頷いた。眞里も小さく頷くと静かに目を細め笑った。
その笑い方があまりにも透明で、見たこともなかった為に息を呑むが、眞里の次の言葉に絶句した。
「私は、戦国の世で武田信玄公に使えていた武将なの。と言ったら、どう思う」
千鶴の反応を待っていた眞里は彼女の挙作をじっと見つめた。
どのような反応が来るかは分からなかった。
驚くか、否定するか。
しかし、千鶴の反応は眞里の予想を裏切った。
優しい微笑みを浮かべて小さく頷くと、
「納得します」
「……納得?」
「はい。だって、眞里さんに幕府の説明とか、江戸の説明。藩の説明とかしたの私ですよ? 戦国の時代は私はよくわからないですけど、藩はなかったし幕府もなかった。だからですよね?」
にこにこと音がしそうな程な笑顔を浮かべている千鶴に、眞里は降参した。
「参った。……ありがとう、千鶴」
「私こそ、教えてくれてありがとう」
「……長くなってしまうけど、聞いて欲しいの。……私が生きてきた道を」
千鶴の頷きに眞里はまたも礼を述べると昔話を始めた。
女子として生まれたが、真田に対抗心を抱いた父により、武将として、大らかな母により姫としての教育を受けたこと。
信玄の元で賑やかに過ごしたこと。初陣、好敵手であり親友である真田幸村のこと。
同盟国である伊達の頭領である政宗、右目役であり参謀の片倉小十郎と刃を交え、鍋を囲んだこと。
武田の宿敵、上杉謙信と死闘を繰り返した戦。川中島の合戦。
幸村の部下、真田十勇士との思い出。
信玄が亡くなり、勝頼が跡目を継いだが、度重なる敗戦に武田の滅亡を覚悟したこと。
長篠合戦で幸村を庇い、爆弾兵の特効を受けたこと。
「もう、未練はなかったから。黄泉路へも抵抗がなかった。真田の六文銭も握っていたし。でも目が覚めたら」
「家に担ぎ込まれていたんですね」
首もとにはまだ、六文銭がかかったまま。そっと着物の上から抑えて、その感触を確かめる。
眞里は幸村より早く初陣を迎えた。出立の前に顔を赤く染めた幸村から渡された、真田六文銭。以来眞里の首もとから外されたことはない。
涙ぐむ千鶴の頭を胸元に引き寄せて、頭を何度も掻き撫でる。
廊下の奥から人の気配が消えるのを待って、眞里は小さな声で囁いた。
「正直……家康殿が目指した筈の天下太平の世から離れている今の幕府のあり方に疑問は抱くけれど、私は信じる者を守るために槍や刀を振るうことに抵抗はないから。……私のことは気に病まずに、千鶴は千鶴らしく居ればいいから」
廊下にて聞き耳を立てていたのは、新選組局長である近藤と、副長である土方だった。
「あっちに何かまだあるだろうとは思っていたが……」
「本物の武将だったとはな。武田信玄公といえば、甲斐の虎と名高き武将。所作や、威圧感はやはり本物だな」
「……14で初陣か」
長年武功をたてているだろう彼女は、新選組の誰よりも人を斬った経験の持ち主である。
「ってえことは、あの槍と刀は信玄公から下賜されたのか」
「うーむ。どうりで名刀の気配がするのだな。しかし……」
「ああ、近藤さんも気づいたか」
真田幸村は、武田信玄の亡くなった後に活躍し、長篠合戦には参加していない。
ほかにも二人の知る限り、眞里が千鶴に述べていた内容は、一般に知られている史実とずれが生じている。
「……明日、正す必要があるな」
「だが、我々は盗み聞きしていたのだから堂々と聞けないだろう」
「俺らが居ること分かって話してんだよ。……何か考えがあるんだろうさ」
「何?! 気づいていたのか?!」
「勘だけどな。やたら気配に敏感なのは、今日の挙作で分かってる。……明日、正す時には俺と近藤さんだけでいいかい」
「ああ。彼らに話すかは彼女に決めて貰った方がいいだろう。……我々のみに聞いてほしいとした彼女の思いを沿わねば」
***
どの段階でばらすか考えましたが面倒なので序盤に
[0回]
デフォルト名:立花眞里
頬を撫でる空気に意識がまどろんだ。
いつも、早朝のやり取りは決まっていた。
熱い拳を振り上げ、愛弟子を殴り飛ばす主君。その拳を受け、投げ飛ばされてもすぐさま戻り主君を殴り返す幼友達ともいえる男。
互いの拳を駆使しての純粋な殴り合い。……密かに殴り愛と呼ばれてもいたがそれもまた的を射ていた。殴り愛により、眞里が所属していた武田軍は目を覚まし、殴り愛によって破壊された建物の修繕が朝餉の前の運動になっていた。
大勢の気配に、賑やかさ。それらと共に規律された空気は、既に亡くした武田軍での思い出を蘇らせる。
寝かせられていた布団から起きあがり、耳を澄ませても殴り愛のかけ声は聞こえない。
ここは、眞里が生きて、命を懸けて愛し守った時代ではない。
「……御館様。私は、ここでどのように生きていけばよいのでしょうか」
ぽつりと呟けども、応えはない。心の中でも答えは出ない。
固く布団を握りしめた時、部屋に近づく気配を感じて眞里は襖へと顔を向けた。
同時に音もなく襖が開くと、斉藤が眞里を見て驚いた顔をしていた。
「……すまない。起きていたのか」
謝罪は断りもなく襖を開けたことだろう。眞里は緩く首を振ると、斉藤の訪ないを尋ねる。
「昼だ。……既に彼女も向こうにいる」
「分かりました」
頷くと、静かに布団から出る。軽く着物を整え、解かれていた髪を右手で撫でる。左手が使えないと髪を結えない。
「俺でよければ手伝うが」
「……お願いします」
流し髪で昼の席に着きたくないために、遠慮がちに申し出を受ける。
斉藤に髪を結わえて貰うと、先導して歩く彼の後をついていく。
一言も話さない斉藤は、部屋の前で足を止めると、襖に手をかけ眞里をちらりと振り返った。
「自分の飯は、自分で守れ」
眞里が言葉を返す前に、部屋の中に入った彼は、遅いと文句をしれっと聞き流し定位置であろう場所に腰掛けた。
「ああ、眞里君。目が覚めたかい?」
「こっち座りな」
近藤の笑みに黙礼すると、原田と永倉の間に誘われ素直に腰掛ける。千鶴は沖田と斉藤の間である。
食べ始めてすぐに、斉藤が言った言葉を理解した。
膳に乗っているのは煮魚と、お浸しと味噌汁と米。
左手が使えないために、先に煮魚を一口大ずつ解し、お行儀良く箸を進めていく。
「へっへーん、貰い!!」
「あー! また俺の魚取ったな!!」
「早いもの勝ちってな! ってことで」
突如隣側で聞こえた騒動に、千鶴が目を白黒とさせて驚いているが、眞里は我関せずと右手の箸だけで黙々と食べ続ける。
が突如、箸を逆手に持ち直し永倉の方へと突き出す。
飛び出してきた永倉の箸は、見事に眞里の箸にからめ取られた。
「なにっ?! 見切ったのか!」
「すっげー!」
「よく新八の箸防げたな」
騒ぐ周囲に構うことなく平然と食事を再開する。
それから三度と狙ってきた永倉の箸を悉く交わし(標的を見切って自分が食べたり、皿ごと動かしたり)た眞里の膳を狙う者はいなくなった。
「すごいな。慣れてんのか?」
「……十数年ですね。何かを共に食べると私の分まで狙う奴らと一緒に居ましたので。撃退策は整っています」
「……大変だったな」
言わずと知れた、真田六紋銭を背負い、御館様の名を叫び、毎朝殴り愛をして、己の忍び達に修繕を得意にさせた男のことである。
食後に手を合わせお茶をのんびりと楽しむ、眞里を見て井上がにこりと微笑む。
「右手しか使えないから、不便だろうと思っていたけど大丈夫そうだね」
「お気遣いありがとうございます。食事くらいなら、片腕でも慣れていますから」
膳が下げられるのを手伝おうとすると、土方に千鶴と共に名を呼ばれる。
言われるがままに彼の前に座り直すと、彼はじっと眞里を眺めた。
その涼しげな双眸がなにを求めているのか理解した眞里は深々と頭を下げた。
「朝はご迷惑をおかけしました」
「ちったあ、ましな面になってるな。色々聞きてぇことがあるが……」
その瞳は左腕に視線を注ぐ。言いたいことを正確に読みとった眞里は小さく頷いた。
「あんたと、雪村の関係を聞こう」
眞里はちらりと千鶴を見やる。頷き返されるのを見て、慎重に言葉を選んだ。
「私は一年ほど前から、千鶴の家でご厄介になっていました。今では、用心棒兼居候です。千鶴が綱道殿を探すために京に行くと言うのでついてきました」
「……一年くらい前でした。大怪我をしていた眞里さんがうちに運び込まれたんです。全身大怪我をしていて、意識が回復するのに一週間かかりました。行く宛がないし、治療費を払えないという眞里を父様が用心棒として家に居ればいいと」
そのときを鮮明に思い出した千鶴は顔を大きく歪めた。
見慣れぬ甲冑に身を包み、火傷を負っている傷もあった。信じられないほどの勢いで回復したその身体には古傷がたくさんあり。武士とは、こんなにも辛く厳しい生き方なのだと心から染み入った。
「あんたは、武家の者か?」
「あの刀も槍も素晴らしい逸物だった。年代物のようだし、余程の家の生まれかと我々は思ったのだが」
どのように答えるべきか眞里は迷った。
眞里は、自分の生い立ちを誰にも話してはいない。千鶴には、それとなく伝えているがほかには誰にもなにも話していないのだ。
話したところで、信じてもらえるような話ではない。
眞里自身。自分で受け入れるのに一年かかったのだ。
江戸に残る様々な文献を苦労して読み、何度も何度も考えて出した結論。
それを千鶴にならまだしも、会って一日の彼らに話す気はしない。けれど、器用なうそをついて彼らを騙せるとも思わない。
眞里はこの時代に疎すぎるのだ。
「お察しの通り、私は武家の子です。あまり大きな家ではありませんが、立花家の本家筋の末娘として生まれました」
嘘は言っていない。ただ、どこの藩かと言われれば困る。
しかし土方は深く追求せずに目線で続きを促した。そのことに感謝しつつ、続きの言葉を考える。
「あまりにも女子が続いたせいで焦った父上が私を嫡男として育てることを決めました。なので私は、立花の末姫であると同時に嫡子でもありました」
「ありました?」
「男が生まれたのか」
「はい、数年前に。今までの償い代わりに自由に生きろと言われたので言葉の通り、自由にしようとして失敗して千鶴の家の厄介になりましたが」
これも嘘ではない。正しくはないが、嘘ではない。
眞里の日常からかけ離れた生い立ちに近藤が男泣きをし、土方がそれを窘めている。
部屋に戻った眞里は千鶴に願われて、自分の刀を見せた。
「うわ……重い」
「太刀だからね。……脇差しは、どこかに無くしてしまったから」
刃は太く、柄もずっしりとしていた。掘られた家紋は、立花家の家紋。
「これと、あの槍は御館様に戴いたの」
「御館様って、前に言っていたお仕えしていた方ですか?」
「うん。六つの時かな、小姓に出されて。同じ年の友もその時から、私と小姓として仕えていてね。だから、食事の攻防は得意なの」
「あれって、私もできますか?」
恐らく無理だろう、と眞里が首を振ると予想通りなのかうなだれる。無事に乗り切るには沖田の隣か、原田の隣で角がいいだろう。先程の食事の様子を思い出して伝える。
物静かな斉藤もさりげなく他人のおかずに箸を伸ばしていたので要注意である。
千鶴は眞里の左腕を見てから、ふと手当の際に見た身体中の傷を思い出した。
治るそばから負う傷のせいで、きちんと治りきらなかった傷が目立っていた。多くが刀傷で、打撲だったり、肉が抉れている部分もあった。
この時代。戦はない。
お家騒動もあるが、そう滅多に起こるものでもなく。
今の時代では眞里の様な傷だらけの身体は出来ないのだ。
「眞里さ――」
「……それは、また」
そっと千鶴の唇に指が押し当てられる。見上げた眞里の表情に息を呑む。
寂しげで哀しげな微笑み。泣きそうなほど張り詰めた緊張を孕んだ双眸。
まだ千鶴と眞里が共に過ごした時は一年と少し。
父親しかいない家族に、姉ができたようで楽しかった一年。
京へついてきてくれると言われたときの喜び。
ぽつりぽつりと話してもらえる眞里の過去。
「待ってます。眞里さんは私の姉様です」
揺れる瞳に、微笑みかける。
「話してもらえるのを待ってますね」
ありがとう。
揺れる声に、廊下で聞き耳を立てていた男は踵を返した。
「とりあえず、嘘じゃあねえだろうさ」
「嘘も何も彼女は大変な人生を歩んできて、それを会って間もない我々に話してくれたんだぞ」
ようやく男泣きが止まった近藤は固く拳を握る。土方の意見には賛成できないようだったが、山南は土方と同意見の様だった。
「嘘ではないけれど、真実でもない。そんなところでしょう」
そんなことよりさ。と原田や永倉は眞里の得物を思い浮かべる。
「怪我治ったら手合わせしたいな。あの槍を使うなら相当な腕前だろ?」
「ここには槍使う奴少ないからな。俺も手合わせしてぇな」
その時、二人を部屋に送っていった斉藤が戻ってきた。静かに襖を閉じて腰を下ろす。
「土方さん。彼女の腕が治ったらどうするおつもりで?」
「……今は、人手が足りねぇ」
静かに伏せられた瞳の奥の真意は読めない。
「まさか、隊士にすると言うのか?! トシ、彼女は女子だぞ?!」
「だが、あの腕を放っておくのは惜しい。恐らく本人も全快しても部屋でくすっぶってんのは辛れぇ筈だ。……あいつは武士だ」
土方のそれは賞賛でもあった。
眞里の腕を間近で見ていた沖田と斉藤はしたり顔で頷く。
「千鶴ちゃんが居る限り絶対ここから出て行かないしね。僕は賛成かな」
「……彼女の男装はなかなか出来ています。あのような使い手がいれば、隊士の志気も上がるでしょう」
斉藤と沖田の賛成に近藤は言葉に詰まる。
幹部の顔を見渡すが、三人以外も特に反対はしていない様子で、珍しく近藤一人が否定派だった。
「っな、ならば! 彼女が断れば無理強いしないように! これだけは絶対に譲れないぞ」
「分かってるよ近藤さん。本人がやる気を見せたら配置は俺に一任して貰ってもいいか」
「ああ。だが、彼女が了承しなかったら駄目だからな」
念押しする局長に、分かってるさ。と苦笑する土方には彼女の返答が分かり切っていた。
**
どこにつけようか迷います。
もちろん彼女はBASARA技も戦極ドライブも可能です。
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