デフォルト名:立花眞里
剣術指南役としてのみ、新選組にいることを紹介された眞里は片腕を負傷していることを甘く見て食ってかかってきた隊士を片手のみで軽くあしらって見せた。
「一本!」
あしらわれた者は、転がされたまま信じられないように天井を眺めていた。
稽古場に緊張が走る。それと同時に幹部達の顔に笑みが広がる。
「どうだ、立花」
「筋はいいと思います。後は自身の特性を自身で気づき、伸ばすことでしょう」
「あ、ありがとうございました!!」
土方の問いに、ちらりと起き上がった隊士を見ると、彼は目を輝かせて眞里に頭を下げていた。
眞里も彼に向き直ると深々と頭を下げる。
「こちらこそ、お相手ありがとうございました」
「おっしゃー! 次は俺だ! 二番組組長、永倉が相手だ!」
眞里が頭を上げると目の前に木刀が突きつけられる。
手を辿ると永倉が目を爛々と輝かせて眞里に勝負を挑んでいた。
新八の行動にギョッとしたらしい土方が制するように口を開く。しかし、眞里は土方へ目配せすると永倉と見合った。
「かまいませんよ」
「だが……」
「戦場では、手を負傷しようが敵は待ってはくれません。片手でも如何様に戦い方はあります」
別段左腕を使うことは気にしないが、今はまだ千鶴から怒られる為に使わない。
眞里の正論に、体格差から不安そうに眺めていた者は見守る眼差しへと改めていた。
右手に木刀を握ったまま軽く素振りをして具合を確かめる。
武田の紅蓮の二槍、真田幸村と互角に戦える。その為、永倉相手に何も心配はしていないが、あるとすれば、一年間の空白期間である。
「お願いします」
「よろしく頼むぜ!」
久々に感じる心地よい闘気に不敵に微笑み、眞里は構えた。
副長室に、近藤と土方、眞里の三人がいる光景は中を覗いた者には奇妙に映るだろう。
渡された茶器で器用に茶を煎れる眞里に関心する二人に眞里は苦笑を浮かべる。
「上手い! 上手い茶など久しぶりに飲んだな。なあ、トシ」
「ああ」
「ありがとうございます。……お話とは」
分かっていることではあるが、あえて問うと「お前さんも分かっているとは思うが」と土方に返される。
その静かな声にそっと目を伏せる。
「お聞きになっていたと思いますが、この時代に伝わる史実と違う私の生きた戦国の世。何故斯様に違うのかと疑問を抱かれたのではないかと思われますが」
「分かってんだな。率直に言おう。……俺たちはあんたが、戦国の武士だということに疑問は抱いちゃいねえよ」
眞里は思わず言葉を無くし、目を瞬いた。
千鶴とは違い、新選組とはまだ三日もないつきあいである。なのに何故そのようにきっぱりと言われるのか。
「先ほどの刀の腕前に立ち振る舞い。それに……刀、だな」
「刀、ですか?」
「ああ。……刀も槍も、俺達がお目にかかれないような名品だ。目利きみてえに細かいことは分からんが、年代もんってえことも分かる。それに……」
言葉を切った土方や、近藤の瞳に眞里はもう言葉を必要としなかった。
この二人には全て話してしまっても受け入れてもらえる。
そんな気持ちを抱かせる眼差しだった。
「これは、私の推測に過ぎないのですが……」
眞里は一言断ると、一年かけてたどり着いた結論を述べた。
「……ここは、私が生きた戦国の未来ではないのでしょう」
「――言葉ではそう簡単に言えるがな……」
こめかみを抑えた土方を見て、己の手元へと視線を落とす。
湯飲みに注がれた茶が懐かしくも切ない香りをくゆらせる。
自然と浮かぶ笑みは自嘲になる。
「……ですが、どちらにしろ私が生きた時は今ではない。……それは、どちらにしろ変わらないのです」
この国の過去だろうと、何だろうと、ここには眞里の知る者は一人もいない。
武田は滅亡し、豊臣が日の本を統一し、徳川が幕府を開いている。ただ、それだけのこと。
今ここに、武士のいない時代に武将の立花眞里がいる。ただそれだけのこと。
納得してしまった眞里は、何とも言えない表情の二人の前に太刀を鞘ごと差し出した。
訝しむ二人に、「婆沙羅をご存じですか?」と続ける。
「歌舞伎者のことか?」
「いえ、鍛え抜いた武将が手にする力のことです」
太刀を握ると、刀身を滑らせ少しだけ曝す。
二人の視線が集中したのを見ると、柄にかけた手に力を込める。
キン、と小さな甲高い音が響く。次の瞬間には、曝された刀身を氷が覆っていた。
息を呑む音がする。
驚愕の表情をする二人を気にかけることなく眞里も氷で覆われた刀身を見つめる。
「……婆沙羅にはいくつかの属性があります。私は『氷』。他にも『炎』『雷』『闇』などがあります。私が生きた戦国の世で、名のある武将は皆この力を使いこなし闘っておりました。徳川家康公は『光』」
力を調節し氷を消し去ると刀身を納める。力の使い方は様々だが、とりあえずは一般的なものを披露した。
眞里が居住まいを正すと、目の前の意識が現に戻される。
「一年、数々の歴史書軍記者を読みました。私が知る、戦国の世とは似ても似つかぬ伝記ばかり」
この力はこの国にはあってはならぬもの。そう結論づけた眞里は、その時から力を封じていた。それを今この二人に見せたというのは、自身の処遇を全て託す。
黙したまま互いに目配せした、新選組を率いる者は軽く咳払いをすると、眞里に太刀を戻すように告げる。
「あんたはその力を使わなくても十分強え。それは新八との立ち会いではっきりした」
片腕のみの勝負において力では永倉には適わないと、一撃を受けて判断した。眞里は素早さを重視した戦法に素早く切り替えると、永倉の懐に潜り込み急所を押さえたのだった。
江戸で流行っていた剣術とは美しい型にはめるもので、眞里は相容れないと判断して通うことはなかった。
相手に勝つのではなく、相手を殺す為の剣術は人には向けられない。相手にも力量があれば、ある程度の加減は可能だがそうでなければ殺してしまう。
「只でさえ強ええのにその力は反則だ。だから、俺の許可がない限り使用は禁ずる」
土方の言う反則は、悪い意味で取られるものではないことはその響きでわかった。
仏頂面を浮かべた副長の言葉に眞里は深く頭を下げた。
眞里の生きた戦国と、史実の戦国時代が噛み合わずとも詮議は無用。そういうことなのだろう。
そして、許可さえあれば護るために自分の全力を尽くすことができる。
だから、二人の誠意に深々と頭を下げた。
そんな眞里を近藤はにこにこと見守り、土方はばつが悪そうに頬を掻くと低い声で「他に」と付け加えた。
「鍛錬場は幹部を同席させればいつ使ってもいい。……外出はいずれは許可するが暫くは屯所内で待て」
「はい」
「あと……」
言葉を切り、躊躇うと土方は視線を彷徨わせる。
視線を捉えられない眞里は不思議に思いながら言葉を待つ。
近藤は土方が言葉を発するのを惑う理由が分かっているのか、苦笑いを浮かべる。
「眞里君は、厨に立ったことはあるかい」
「はい。戦場で煮炊きも手伝いましたし、一通りの家事はこなせます」
眞里を武将として育てたのは父であり、母は武家の娘としての教育を叩き込んだ。
武将に、あるいは農民に嫁いでもいいように。それに加えて。
「前田利家殿の奥方のまつ殿には料理修行として全国行脚に同行させられましたし、人並みには」
味付けは自分好みになるのだが。
全国行脚を思い出して眞里は思わず遠い目をする。
野菜を求めて奥州伊達領に忍び込み、米を求め最北端へ。まつたけを求め春日山。かじきまぐろなるものを求め、西海の鬼長宗我部、異国の野菜を求め九州のザビー教まで。
「いいとこの娘さんだろ?」
「…まつ殿が仰るには、殿方には妻が美味しい食事を作るからこそ戦場から生きて帰ってくるのだ、と」
実際、利家はまつの為に身を呈して闘い、まつの為に闘いを忌避していた。
そういえばあの夫婦に会う度に幸村が顔を、戦鎧と同じくらい赤く染めては「破廉恥でござるぅぅぅぁぁぁ!!」と叫んでいた。
眞里の返答に二人は頷くと、疲れた顔をして笑った。
「食事は各隊の当番制なんだが、まともな飯を作れる奴が少ねえんだ。ついでに、飯炊きの仕方も教えてやって欲しい」
「それぐらいでしたら」
「今日の夕飯は一番組と八番組で、明日の朝飯は三番組と十番組だ」
一番組は沖田、八番組は藤堂。三番組は斉藤、十番組は原田の組である。
「時間になったら俺が連れて行く」
「では部屋で?」
「ああ」
分かりました。そう頷く眞里は、賑やかになりそうなその日の厨を思った。
凄腕の剣術指南は、飯の支度も凄腕である。
そんな噂が翌朝までには隊士中に流れていた。
***
女二人を部屋に入れとくとろくなことにならん。ということで、素直すぎる千鶴は部屋に。
放っておくとうろうろしそうな眞里は、仕事を与えました。
全国行脚とは、BASARAのあれです。
新選組幹部の中では腕力はそこまで劣らず、おそらく実践の腕もピカ一です。だってBASARA出身(笑)
銃弾も幸村のガードのように槍を高速回転で弾きます。
戦極ドライブが発動すると、「いざ、推して参る!!」となります。口上はふつうでも……
[0回]
PR