まるで耳元で星の瞬きが聞こえるように、宵の闇は静まり返っていた。
響くのは聞こえるはずのない星の瞬く音と、薪のはぜる音。そして、幾人かの話し声。
「キリエさん、久しぶり~」
「ええ、お久しぶりですマシューさん」
「なんだマシュー、お前はキリエと知り合いだったのか?」
薪を焚き火に追加しながらヘクトルはマシューを見た。その顔は「そんな話は聞いていないぞ」とでも言いたげである。
焚き火の炎がヘクトルの青い鎧に反射して生み出される不思議な陰影を見てマシューとキリエは口角をあげた。
「いやだなあ若様。リンディス様について回ったときに知り合ったんですよ」
「まさかマシューさんがオスティアの名うての密偵だとは知りませんでしたけど、その節はお世話になりました」
「いえいえ~」
乾いた笑みで笑うマシューに「…なにがあったんだ、こいつら」と思ったヘクトルだが、彼は珍しく賢明にも声には出さなかった。
突然エリウッドと現れた槍使いはさっそうと短槍を振るい、状況を一転させた。
味方の登場に喜びたいという気持ちよりも「こいつ誰だ」という気持ちが先行したが親友のエリウッドも信用しているようだからとりあえずは、という思いで戦況に専念した。
すぐにエリウッドについている軍師の親友だと知れたのだが。
ヘクトルは自分で見たことしか信じない。だからいくら自分が信じることにしたレフィルという軍師が「信ずるに値する友だ」と言おうとも、「信ずるに値する」かとうかは自分が見極める。
そんなことを一念発起したヘクトルは焚き火の前に腰を下ろすキリエの傍に同じく腰を下ろした。のだが、なぜかついてきたマシューがヘクトルを遮り冒頭に至る。
「キリエは傭兵だ、っつってたな」
「はい」
「……これからどうするつもりだ?」
キリエは迷う素振りを見せずににっこりと笑った。愚問だと、答えははじめから一つなのだというように。
「レフィルが私を必要としてくれるなら、この旅の終結までつきあうつもりです」
「…傭兵だってのに無償でか?」
彼女は楽しそうに笑うとヘクトルから目を反らして静かに燃える焚き火を見た。
「雇われればそれなりに振る舞います。でも私にとってレフィルの下について旅をすることは傭兵としてではなくてただの槍使いとして、自分の修行も兼ねているんです」
うまく言葉にできないんですけどね。と苦笑いを浮かべるキリエに隣で聞いていたマシューが口を挟む。
「俺が知ってるのは去年の話だけですけど、傭兵としてキリエさんはいなかったですよ若様」
「……だがそんなんでやっていけるのか?」
そんな返しがくるとは思わなかったキリエは軽く目を見張った。
正直言って根無し草のキリエは野宿は堪えない。けれどやはり路銀というのは必要不可欠なのだ。
あえて言葉を避けてキリエは曖昧に笑ってみせた。
「俺がお前を雇うっつったら、どうする?」
「若様?」
「あんたはやり遂げたいなんかがあるっつってたよな」
『志半ばの武者修行中の傭兵やっています』
そんな曖昧な自己紹介がヘクトルの脳裏をよぎる。
けれど、言葉とは裏腹に瞳は真剣な光を灯していたことがとても印象に残っていた。
こっちはどんな味方でもいいから欲しい状態だ。敵方の全容がまるで見えないのだから。
たとえ目の前の槍使いが親友のためにその槍を振るうと言っていても、正式に雇用しておいた方が無難な気がしてならないのはヘクトルの考え過ぎなのか。
「お前を雇いたいっつったらどうする?」
キリエはただ笑うだけだった。
(様々な曲で21のお題)
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