※チャルメラ~の続きです。
デフォルト名:神崎紗英(かんざき さえ)
不意に目が覚めた。
どちらかと言うと目覚めのいい朝と言うべきだろう。だが、目がぱっちりと開いても体が動くのを嫌がっていて、布団をめくる気がしない。
よってぼーっとしたまま天井の木目を数えていた。
「14、15……私の部屋の天井ってこんな柄だっけ……?」
木目があるのは和室のはずだ。ということは昨夜は和室で寝たのだったろうか。
木目を数えるのをやめて、暫し昨夜の自分の行動を思い出してみる。
思い出せば思い出すほど混乱してきて紗英は思わず、がばりと上半身を起こした。握りしめた掛け布団を強く握る。
「テスト勉強してて、おなかすいたなぁとか思ったらチャルメラが聞こえて、単語帳と財布と携帯持ってラーメン買って、玄関開けたら知らない家にいた……。ははは、そんな馬鹿な夢……」
笑いながら思わず自分が寝ている布団の周りを見る。
昨夜確かに着ていた自分の洋服。携帯や単語帳を放り込んだポシェット(和風柄)と携帯と単語帳と財布。
?%E:221%#ノなったどんぶりと箸。
「あ、洗ってない…」
思わず呟くが「そういう場合じゃないし」と一人ノリつっこみが起こるのは混乱のしすぎか。
「と、とりあえず……」
きょろきょろと部屋の中を見渡す。
自宅の和室よりも広い室内は純和風、というよりも古典の教科書に載っていそうな写真の部屋のようだった。
板の間には花が生けられ、畳は傷みがほとんどなく、部屋の中はほんのりとい草のにおいがした。部屋の片隅には蝋燭でも立てるような台がある。そういえば昨晩は蝋燭の火がついていたような。
自分の格好を見下ろすと、寝相で着崩れた薄い着物。
「……着替えるか」
赤いポロシャツにジーンズ、薄手のカーディガン。情けないことに靴はお気に入りのものではなくて、玄関でつっかけたサンダル。そういえばサンダルはどこにいったのだろうか。
着替え終わり取りあえず、浴衣を畳み、布団も畳む。
ちらりと襖を見るが、部屋の外に出てもいいのか迷う。誰も見ていないのに畳の上に正座をしてしまう。
人様の家に不法侵入したのにも関わらず親切にも泊めてもらったのだ。勝手にうろうろと歩いたらまずいだろう。
「おっはようさん」
「っ!」
廊下から急に声が聞こえて驚き肩がビクリと大げさに反応してしまう。
意味もなくキョロキョロと室内を見渡し、襖までにじり寄ると恐る恐る襖を右に開く。
迷彩柄を着た鮮やかな橙色の髪を持つ顔に不思議なペイントをした人がいた。けれどその顔から紡がれる声は昨晩ここに紗英を案内した男の人だった。
「おはよーよく眠れた?」
「は、はい。(昨日は気づかなかったけどすごい派手な人……)」
「早速で悪いんだけど、大将たちが一緒に朝餉でもどうかって」
「え、いいんですか?(大将“たち”?)」
「うん。準備できたならついてきてもらっていいかな?」
「わかりました(っていいのかなぁ……)」
「じゃあ行こっか」
「はい。あ(えーと、さ……さとび?じゃなくて」
襖を閉めて迷彩柄の派手な人についていきながら彼の名前を思い出そうとするがなかなか思い出せない。
“さ”で始まると言うことは覚えているのに、全く持って人の名前を覚えることが不得手な紗英はこういう時にいつも困るのだ。
まあいい。どうせ悩んだところで名前は出てこないのだ。ということで名前を忘れたときにいつも使う手段を使用することに決めた。
「今更ですがおはようございます」
「うん?おはよう」
驚いた顔をされた。よく見るとかっこいい顔をしているが目を丸くしている姿はなんとなくかわいい。
「あなたのことはなんとお呼びすればいいですか?」
ちなみにこの場合、相手の年齢が近いときはもうちょっとフランクに「お兄さん」呼びするのがいつもの手だ。
橙色した青年は(紗英よりだいぶ背が高いから顔を覗こうとすると首が疲れる)きょとんと紗英を見下ろした。
「あれ、俺様名前言わなかったっけ?」
「(お、俺様?)あ、いえ。どちらで呼べばいいのかと思って」
一瞬某魔法学校に出てくる魔法使いを想像してしまったのは置いておいて、一応否定した。名乗られたが紗英が忘れただけなのだ。
「どっちでもいいよ。猿飛でも、佐助でも。どちらかというと堅苦しいのはなくして佐助って呼んでくれると俺様うれしいな」
「(俺様?!)えと、じゃあ佐助さん。よろしくお願いします」
「うんうん、よろしくねー紗英ちゃん」
ちゃん付けなんて久しぶりに呼ばれた気がした。
静かに廊下を歩いているつもりでも、何故か音がするのは鳴り板だからだろうか、とぼんやり思いながら庭を眺める。
「佐助さん、ここってどこですか?」
「ん? 紗英ちゃん知らないの?」
不思議そうな声音だが、どこか違和感を感じる。けれど今の紗英にとってそんなことはどうでもよかった。
今日は英語のテストなのだ。熱が出ても這ってでも学校に行かなければいけないのだ。
「ここは大将が治める甲斐の国だよ?」
「かいのくに?」
かい。貝。海。順々に漢字変換されていくが、うまく変換されない。
「…ここって日本、ですよね?」
流石に訝しく思ったのか佐助は足を止めて紗英をじっと見下ろした。焦げ茶の双眸が何かを見定めようと紗英を見透かしていた。
「日の本の国、だよ」
「……富士山近いですか?」
「富士の山はずっと南下したとこにあるかな」
富士山よりも北。ということは……。
「山梨県……でいいのかな」
「やまなしけん?」
「明治の廃藩置県でそうやって名前が変わったの。って、え?知らないの?」
「ここは甲斐の国。甲府だけど?」
先ほどの怪しいものをみる視線はどこへやら。互いに困惑を浮かべた顔でへらりと笑いあうとどちらからともなく歩き始めた。
「(俺様の手に負えないねこりゃ)」
「(そういえば昨日会った親切なおじさんの名前って確か……。まあいいや)」
二人して自分の判断を投げる形になっていた。
佐助に促されて到着した部屋では、恰幅のいい丸坊主の男性と、濃紺の着物を身につけた紗英と同じ年ほどの少年がそれぞれ用意された膳の前に正座していた。
「(ここは何時代?!)」
男性の座る位置が上座なのだろう。後ろには『風林火山』の掛け軸がかかっている。
「おお、呼び立ててすまんかったの。よかったら共に朝餉を食おうと思ってな」
「えと…ありがとうございます」
静かに会釈をしてから部屋にはいると、一つ?%E:221%#「ている膳の前に促され座る。
不躾と知りつつ部屋に視線を巡らす。
恐れ多くも館の主の真っ正面の席だ。
大きな体格の真っ正面の男性は、にじみ出るオーラが尋常ではない。紗英にオーラなんて見えはしないが。そんな気がするのだ。あと威厳がものすごく漂っている。古参の体育の先生を思い起こさせる。
次に紗英と同じ年ほどの少年をみた。
ジャニーズ系の顔立ちをしている。同じ高校にいたら確実に女の子に騒がれていただろうと予想がつくほど整った顔立ちをしている。けれど同時に男子にも好かれそうな顔立ちだ。
短めの焦げ茶で、何故か後ろだけ長い尻尾のような髪を持っている。何に緊張しているのか正座の膝の上に置かれた手にもの凄い力が込められているようでぷるぷるとふるえている。
「ーーっ!!」
目があった瞬間に伏せられた顔は、真っ赤になっていた。
自慢ではないが紗英は十人並みの顔立ちである。見られないほど不細工ではないと思っているし、目があった瞬間に赤面されるほどかわいい顔をしているわけではない。
という認識は決して間違っていない。
では何が原因なのか。紗英には見当がつかなかった。
「はははは!!まあよい気にせずとも、こやつの反応はいつものことよ。まずは腹ごしらえが先じゃ。のう佐助」
「はいはい用意できてますよ」
「後でお主の話を聞かせてくれまいか?」
「はい、わかりました」
男性は鷹揚に頷くと?%E:221%#フ茶碗佐助に向かって突きだした。
佐助がいつの間にかお櫃を持っていたことも、男性の持っている茶碗や佐助の持っている櫃が異様にでかいことに紗英は目を剥いた。
「はいよっと。旦那? だーんーなー? 真田の旦那は飯いらないの?」
「いらぬとは一言も言っておらぬ!!」
「はいはいっと。紗英ちゃんはどのくらい?」
「えっと、自分でできますよ?」
「いいからいいから。少な目?」
「はい。ありがとうございます」
「おやすいご用ってね!」
「佐助!!次だ!!」
紗英の目の前に白米が盛られた茶碗が(普通の大きさだ)置かれると同時に少年はすでにおかわりを所望していた。
いくらなんでも早すぎではないだろうか。
朝ご飯は小食な紗英はゆっくりと膳の食事を浚えていったが目の前では壮絶なおかわり合戦が繰り広げられていた。
見ているだけでおなかがいっぱいだ。
「改めてじゃが、儂は甲斐を治める武田信玄じゃ。こやつは武田が一番槍」
「真田源二郎幸村と申す!!!」
「こやつは、真田忍び隊の長」
「猿飛佐助だよ」
膳が下げられた室内で一人正座をした紗英は、昨夜聞いた名前と先ほど聞いた名前と初めて聞いた名前を心の中で復唱した。
日本史に疎く、大河ドラマをあまり見ない紗英でも知っている名前が二つ。
「神崎紗英です。グレゴリウス歴2008年の平成の時代からきました」
武田信玄っていつの時代だっけ?
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突然朝からお館様と幸村と朝飯です。このメンツのお給仕は佐助がやってるといい(笑)
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