約束の場所に、夢見た場所に行けたら。
激しい剣戟の音が響く。
荒く波立つ海面を赤と白を戴いた者達が激突していた。
これは何度目の当たり合いなのだろうか。もう数えられないほど剣を交えた、自分が籍を置いていた一族。
季節が着々秋から冬へと移りゆく中、一方は冬へと誘われるように寒々しく、一方は万物の流れに逆らうように雄々しくなっていった。
鼻につく火薬と、人の生命の赤と、潮の風。
何度この手を赤黒く汚したのだろうか。
照準を合わせ、構え、引き金を引く度に思ってきた。
あとどのくらい続ければ、解放されるのか。
そんなときに出会った彼女。
同じ境遇にありながら、彼女は同じく闇の中にありながら、光を胸に抱いているように見えた。
自分の手がどれだけ汚れていても、彼女も同じ場所に立っているとわかっていながらも、その手だけは汚れていないように見えた。
いくらあの手を取りたいと願ったところで、取れはしないのに。
「景時さん!! 曙未さんは?!」
白き龍神に選ばれし神子は、近くて遠かった自分と彼女の距離を縮めていた。
つかの間の夢のようだと、心躍らせた日々。
けれど時が経つにつれ、もうこの日々を手放せないことに気づいた。
毎朝、見(まみ)える君の笑顔。何気ない仕草。
凛と前を見据える赤がね色の瞳。憂いに伏せられた震える瞼。
近づきすぎた距離は再び開けるには遅すぎた。
この幸福の日々を知れば、もう後戻りはできない。
「曙未ちゃんは、向こうでーー」
「景時殿!!」
鋭い声。振り向くと濃い藍色の髪が宙を舞い、生命の象徴である赤が―――零れた。
世界が時を止め、音がなくなった。
崩れ落ちるその体を受け止めるために、こちらに照準を合わせる敵を視界から覗き去り走る。
背後から悲痛な神子の叫びが聞こえるが今の景時の耳には届いていなかった。
この汚れない体に触れることを戸惑っていたことも忘れ、崩れ落ちる体を受け止めた。
想像よりもとても細く華奢で、柔らかな体は零れゆく生命で塗れていたが気にせずに腕に掻き抱く。
「曙未ちゃん!!」
「…っ、……」
「『着物が汚れる』なんて言っている場合じゃないでしょう!?」
急激に体温が失われていく体を掻き抱く。
血の気の失われた青い顔で力なく微笑む曙未は、ゆっくりと血に塗れた片手を持ち上げた。
そっと己の片頬に添えられたその手を片手で上からそっと抑え景時は驚愕に瞠目した。
滅多に見ることのない、裏に何かを隠していない、ただの笑顔。ただただ純粋なだけの彼女の笑顔などいったいいつぶりに見るのだろうか。
「……おした、いし、って、ま……」
ヒューヒューと嫌な空気の音を立てながら曙未は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
一瞬何を言われたのか理解できずに固まるが、頭の中で言葉をつなげた景時は歓喜に満たされた。
『お慕いしていました』
これ以上歓喜をもたらし、同時に絶望をももたらす言葉はないだろう。
今、この時に。今にもこの命がこぼれ落ちそうなときに。
視界が水で歪む。年甲斐もなくと妹に怒られてしまいそうだが、そんなことを思い出しながら景時は震える唇から言葉を紡いだ。
「俺もだよ。君が好きだ」
過去形になんてしたくない。
「君がいなくなったら俺はっ、俺は何を光にすればいいんだい?」
「…あなたには、わたしのようなやみのにんげんはにあいません」
先ほどよりは滑らかに紡がれる言葉は、この状態でなお拒むもの。
「もっと、しろく、やさしいかたが……」
そっと落ちる瞼。腕にある冷たく呼吸の浅い体。
意識が落ちて少し重さを増した彼女を抱きしめて景時は慟哭した。
(ぼんやりと垣間見る)
(不思議な言葉でいくつかのお題)
未だに方向性が決まらない景時さんと曙未の物語。裏付けなんて後からついてくるぜ!なノリで書き始めればいいのでしょうか。
赤と白ってどっちがどっちでしたっけ?
本編を書き進められない鬱憤をここで晴らしています。
前にも書いたことのあるシーンを、『曙』から『曙未』の性格に直して、景時さんの鬱陶しい思考をプラスです。
ここまで来れば後は勢いで書けるのにここにくるまでが長いんです。
[1回]
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