デフォルト名:神崎紗英(かんざき さえ)
不意に口ずさむのは幼い頃歌っていた歌。
縁側に腰掛けて姉と共にご機嫌に歌ったのは遠い昔。
ワンフレーズを歌い終えた紗英は、目を閉じて頬を撫でる風を感じた。
湿った土のにおいと、生々しい草のにおいが風に乗って運ばれてくる。
行儀が悪いとは分かってはいるものの濡れ縁に腰掛けて放り出した足をぶらぶらとさせた。
次は英語でいってみよう。なんとなく浮かんだメロディーを口ずさみ、昔友達に教えてもらったゲームの主題歌を歌う。
日本語の歌詞も好きだが、独特な雰囲気のある英語の歌詞も好きだったそれ。もちろんうろ覚えだ。だがこの場所には哀しいことながらそれにつっこみを入れる人はいない。
1番を歌い終わり拍を取っていると、腰掛けている簀の子板から誰かが歩いてくる振動が伝わってきた。
誰が来るんだろう。と心の中で拍子を取りながらおそらく人がやってくるだろう方向を見た。
「紗英殿であったか!」
濃紺の着流しを着て颯爽と歩く幸村だった。
ラーメンどんぶりを持ち、携帯と財布と英単語帳を持って深夜に武田信玄が居館、躑躅ヶ崎館に不法侵入を果たした紗英だったが。心の広すぎる武田信玄に保護され今ではその一番弟子であり武田が一武将、真田幸村の屋敷で世話になっていた。
幸村と話すならば拍子を維持するどころではないなと思い、急遽取りやめた紗英は幸村を振り返った。
「どうかされたんですか?」
「うむ。なにやら聞いたことのない歌が聞こえた故、探していたのでござるよ」
紗英殿が歌われていたのであるな。と楽しそうに笑うと、「失礼する」と一言告げて紗英の隣に一人分の空間をあけて腰掛けた。
思わず幸村を見て笑いが零れる。彼は、二人としてみないほどに純情で最初の頃は顔を合わせるだけで赤面していた。女の大人、子供問わず言葉を交わすのもままならないほどに異性に対して免疫がなかった。
赤面と女子と共にいる緊張が高まると(もしくは不意な接触があると)「破廉恥であるぅぅーー!!!」と凄まじい叫び声をあげて逃げ出すほどだ。(紗英は出会い頭に会って、腕を剥き出していただけで言われ、佐助と話していただけでやられた)
さすがに始め三回ほどは驚いていたが、何故自分が「破廉恥」と言われ、逃げられるのか分からなくなり、次第に腹が立ってきたので四度目に叫ばれた瞬間。
尻尾のように伸びている彼の長い後ろ髪を力任せに引っ張り「うおっ!!」と声が聞こえても気にせずに、ガクンと体勢を崩した幸村の膝裏を思い切りけ飛ばし転ばせた。
呆気にとられる周りを気にせず、仰向けに倒れぽかんと紗英を仰ぎ見る幸村の耳元にしゃがみ込むと、多きく息を吸い込み、
「人を見て破廉恥破廉恥叫ぶ方が余程破廉恥だわー!!!」
大声で叫び、目を回す幸村を見捨ててあてがわれた部屋に籠もり一週間ほど幸村と顔を合わせず口を利かなかった。
毎日一緒に縁側でお茶と団子を食べていた日々を紗英からぷつりと切り離したのだ。
それが効果を発揮したのか、幸村が(おそらく佐助にけしかけられて)紗英に謝りにきた。それからは比較的普通に会話ができるようになったのだ。
そんなことがあり、今では隣同士で腰掛ける際、一人分をあけて座るぐらいには近い。
「紗英殿が歌われるものは其の聞いたことのないものばかりでござる」
「んー幸村さんが知っていたらそれはそれで驚愕ものだけど」
「とても不思議な旋律だが、どこか郷愁を覚えずにはいられぬ歌だと思う」
「……好きな歌手の歌なんです」
とても素敵な歌ばかり歌われてるんですよ。と幸せそうな悲しそうな双方をごちゃ混ぜにした笑みを浮かべる紗英に何か声をかけねばと幸村は思うものの、そういったことは苦手なために何一つ気の利いた言葉が出てこない。代わりに口から出たのは「かしゅ、とは何でござるか?」という会話の続きだった。
内心で自分の不甲斐なさに憤る幸村に気づかずに、紗英は言葉にならない音を漏らしながらゆっくりと言葉を選んだ。
「私の世界では、歌を作り、歌うことを職業としている人を歌い手と書いて歌手と呼んでるんです」
「かしゅとは歌い手のことでござったか! では先ほどから歌われているものはその紗英殿が贔屓になさっておられるかしゅの歌で?」
「そうなんです。」
どこか寂しさを漂わせながら紗英は笑顔を浮かべた。
だが幸村は紗英とは対照的に爽やかさのにじみ出る笑顔を浮かべた。
「紗英殿が構わぬと思ってくださるのならば其、紗英殿が歌われる歌を拝聴したいのだが……」
好奇心にあふれる双眸は興味で爛々と輝いていて否、と言い出せない何かがあった。
心の中の虚を埋めるような暖かなものが流れ込むが、その流れに流されるのがなんとなく嫌で。
「じゃあ、恋歌でも歌いますね!!」
「は、破廉恥である!!!」
(不思議な言葉でいくつかのお題2)
チャルメラ~の子です。この子は幸村フラグでいきますが、かすがちゃんとも絡めたいなぁ。
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