脆くて、美しくて、儚い。
煌めいて、ひび割れて、琢磨しい。
頼まれた書簡を腕に回廊を歩き(女官が外朝歩いても誰も何も言わないけどいいのかなぁ)と何度も思ったことを今日も思いながら府庫へと向かう。
先日から続く猛暑に官吏が倒れ、外朝では人手不足が甚だしい。
春先から主上の部屋にお茶出しに行くなど女官にしては破格の待遇である。破格というほど好待遇というわけではないが。
それにしても量が多い書簡のせいで腕が疲れてきた。
「有紀」
くぐもった声がかけられ有紀は足を止めた。知らず知らずのうちに顔がゆるむ。
数日ぶりに聞く大切な家族の声。
大好きで大切な名を呼ぼうとして、ここは人目がどこにあるか分からない回廊であることを思い出した。
「お養父さま」
「府庫か」
「はい」
瞬きで首肯の代わりをすると腕の中の書簡が三つを残してすべて消え去った。
気づけば横に立っていた養父、黄鳳珠が有紀の腕にあった書簡を抱えていた。
暑気のせいで疲れがとれないのか少し艶の褪せた黒髪がさらさらと流れ落ちていく。
麗しい美貌は仮面の下に隠されていたが、これが有紀の家族の標準装備である。
昔は最低一日に一度は顔を合わせていたのに、有紀が旅に出るようになったり後宮入りしたりしたために、今では数日に一度顔を合わせればいい方になっていた。
しかもその対面はいつも有紀から戸部に赴くか、帰宅するかしないと成し得なかった よって偶然の邂逅は思ったよりも有紀の心を弾ませた。
「珍しいですね」
「……柚梨に府庫に書簡を届けるついでに涼んでこいと追い出された」
「景侍郎……。では邵可さまと一緒に少し休憩にしましょう」
「有紀はどうする。あの昏君付きなのだろう?まあ書簡を運んでいる辺り、李侍郎に放り出されたのだろう」
言われるとおりのため有紀は目尻を下げて淡く微笑んだ。
室内に籠もる主上に付き合わされ、同じくずっと詰めていた有紀は絳攸に突然山のような書簡を手渡されたのだ。
楸瑛や主上にはわからない絳攸の少し素直ではない気遣いはやはり養父の前では、分かりやすい気遣いらしい。
にこにこと上機嫌で主上付きの女官が、魔の戸部の戸部尚書と仲良く歩く姿が一部の官吏に目撃され、二人の関係を知らない官吏達は密かに哀愁のため息をついていたことを二人は知らない。
「このお菓子は冷たくてとても美味しいね」
「よろしければ秀麗ちゃんと静蘭にも渡していただけますでしょうか。山のような氷が残っているとお聞きしたので、それで冷やしていただければ」
「有り難く頂いておくね」
「有紀」
「黎深様おかわりですか?」
「黎深貴様茶ぐらい自分で淹れろ!」
府庫に赴くといつものように邵可が在室しており、それならばと鳳珠と邵可を待たせて自室へとお茶菓子を取りに戻った。
府庫へ戻ると何故か黎深が増えており、それがなんだか懐かしくて昔のようにお茶を4人分淹れた。
黎深が一方的に邵可に話し続け、その独自の偏り過ぎな見解に鳳珠がいちいち訂正(つっこみに近い)を入れ、有紀はのんびりとその光景を見ていた。
「そろそろ戻るか……」
「鳳珠さま、このお茶菓子景侍郎に届けていただけませんか?」
「おまえが渡してやった方が柚梨も喜ぶと思うが」
「……ではご一緒させていただきます」
ほわりと笑い、氷水を張った小さな桶を持つと、有紀は暇の挨拶を邵可に告げると鳳珠の後を追いかけた。
去っていく親子の後ろ姿を見て黎深はつまらなさそうに扇子を手で弄った。
「主上の覚えもめでたい後宮女官と仮面尚書がにこやかに外朝で逢い引きしていると言われたのでからかいにきたのですけどね」
「君よりもきちんと親子をしているね。まあ、絳攸殿と黎深よりもお二人の方が幾倍も素直だからかな」
「……」
(不思議な言葉でいくつかのお題2)
情景描写を入れ忘れる傾向にあります。
後半部分は完全におまけ扱いですね。
[3回]
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