01・君は誰のもの
寂寥さの漂う室内に、りんとした声が響く。
豪華絢爛な造りでありながら、どこか冷たい空気を持つ部屋にいるのは紅い髪を持つ女と、玉座に腰掛ける男。そして、二人を取り囲むように立つ男が数人。
「ならぬ」
静かに響いた声が、その場に佇んでいた彼らに驚愕をもたらした。肯定の言葉ではなく、否定が出るとは思わなかったのだ。
不敬であると承知の上でルニアは口を開く。
「っですが、陛下……」
「ならぬと言ったのだルニアよ。おまえのその身に流れるキムラスカ王家の血まで否定してはいけないのだ。そうでなければ、彼らは……おまえの父と母は浮かばれない」
脳裏に浮かぶ、二人の微笑。
「ルニア・ディ・ジュライル・キムラスカ・ランバルディア」
「……はい」
本当は最後の二つは今日で決別するはずだった。
「よく、帰還した」
目の前に立つのは大叔父でもなく、この国の玉座に座るもの。
「居住の地を改めた後、王女ナタリアの護衛の任につくように」
「………御意」
その意に逆らえる者はこの国にはいないのだから、ルニアは静かに頭を垂れるしかなかった。
優しい風が頬を撫でる。
昔から感じていた無機質で、それでいて懐かしい風。
「ルニア!!」
欄干にもたれ市街地を見渡していたルニアはその声を聞くと、風にさわれた髪をそっと指で押さえた。
「…ルーニャ」
「なに、ガイ?」
ルニアと少し距離をあけて欄干にもたれたガイを横目で見た。
「どうだった?」
「……ガイは私の名前を言える?」
「ルニア・ディ・ジュライル?」
なにを今更といわんばかりの視線を受け、ルニアは苦笑を浮かべそっと目で否定した。
「ルニア・ディ・ジュライル・キムラスカ・ランバルディア……私は未だに王家の末席」
驚きに目を瞠るガイにルニアは悲しく笑った。
解放されたいと願い続けた箱庭から一度は偶発的に飛び出した。
けれど、今はまた同じ箱庭の内に入ってしまったのだ。
外へとつながる鉄格子の門に手をかけて、また広く広がる草原を夢見るのだろう。
*
前も書いたことがある気がするネタですが、いつ書いても好き。
02・用もないのに
人の息づかいが感じられない厳かな城内に忙しない靴音が響く。
「姉上!!」
勢いよく開け放たれた扉に驚くことなく部屋の主はゆっくりとした動作で増えた人数分の茶を淹れた。
「ナタリア、廊下はもっと静かに」
「それどころではありませんわ!! ひどいですわ!」
「……ナタリア」
何が酷いとかはおいておくことにしたルニアは窘めるように静かにナタリアの名前を呼んだ。
む、としつつもルニアの言わんとすることを理解したナタリアは小さく「ごめんなさい」と告げると、自分の定位置に腰掛けた。
それでよしとしたのか、ルニアは軽く肩を竦めるとナタリアの前に茶器を置いた。
「それで、何が酷いの?」
「ガイのことですわ!! わたくしに内緒で二人だけで遊ぶなんてひどいですわ!!」
「……」
何の話かわからず首を傾げるルニアを見て、ナタリアは勢いよく茶器を受け皿の上に置いた。陶器の独特な澄んだ音が響く。
「侍女に聞きましたわ!先日わたくしに黙って城下であ、あ、逢い引きをしていたと……!」
ずるいですわよ!!と叫ぶナタリアに、この子は今時逢い引きなんて言葉を使うのか、いやむしろ吹き込んだのはいったい誰だ。とルニアは疑問に思いながら静かに紅茶を飲む。
「確かにこの間城下に行ったけど……逢い引きって…」
思わずあきれた表情になったのだろう、ナタリアは不満そうにむくれていた。
贔屓目なしにこの親類はやることが可愛いと思う。
「お土産あげたでしょ?」
「………それとこれとは別ですわ」
「というよりもガイとはそういう関係じゃないけどね」
苦笑いを浮かべると年下の護衛対象者は複雑な表情をした。
*
ただルークのわがままでお使いに行ったガイにルニアがついていっただけでした。
03・すれ違い
彼女の護衛対象は、勝ち誇った笑みを浮かべて腕を組んで胸を張った。
ガイの方が身長は高いはずなのに何故か見下ろされている気になるのは気のせいか。
「お姉さまは今は出かけていらっしゃいますわ。そう、お父様のご用事でのよ。だから貴方と会っている時間などありませんわ!残念でしたわね、ガイ」
キムラスカ王はルニアにとっては大叔父だ。個人的な用事を頼まれることがよくあると前に苦笑していたのでそれは間違いないだろう。
けれど、城の裏口である使用人口からルニアを呼んでもらったのに何故、ナタリア王女が使用人口から勝ち誇った笑みで出てくるのかガイにはわからなかった。
最近、ルニアと会う機会が意図的に邪魔されている気がしてならないガイであるが、その勘は果たして正しかったりする。
勿論意図的に邪魔しているのは目の前で仁王立ちする王女なのだが。
一月前ほどに久しぶりに城下を散歩してからナタリアが露骨な態度に出ている気がする。やはりそれも正しかったりする。
「ルークからルーニャに伝言なんだが……出直すよ」
「っ、そうやってまたお姉さまを独り占めなさろうとしてもそうはとんやがおろしませんわ!」
「でもなぁ、直接渡して来いって言われてるから。ここでずっと待っているわけにもいかないし」
「……ならお姉さまの部屋でお待ちになればよいでしょう」
「いやっ、流石にそれはまずい…」
「そうですわ!お姉さまのお帰りをガイと一緒に待っていれば独り占めさせることは回避できますわ!」
なんという妙案なのだろうか!と目を輝かせるナタリアをなだめようとするが、それも構わず、ガイは服の裾を掴まれ、強制的にルニアの部屋へと連行された。
*
ナタリアによるすれ違い。
曖昧な関係に周りはやきもきし、王女は嫉妬しています。
04・煮え切らない態度
答えたくないことがあると曖昧に笑うのは、どんな人間にも共通だろう。
「そういえばルニアも、ガイの様に世界の地理に明るいのですか?」
「私、ですか?」
「ええ。ガイの様に卓上旅行がご趣味で?」
「……そうですね。そんな感じです」
曖昧に笑い、会話を無理に打ち切るとルニアは逃げるようにジェイドから離れていった。
「あんまり虐めないでやってくれないか」
「おや、虐めるだなんてそんな非道なことを私がする訳ないじゃないですか。ただの興味ですよ」
そう言って眼鏡を直してルニアが去った方を見る。
「貴方も気になりませんか?数年前火事に巻かれてキムラスカ王室傍系一家が全滅。しかし、王位継承権を持つ娘の遺体は見つからず、ある日突然ひょっこりと姿を現した」
「それは……気にならないと言ったら嘘になるな。俺はルニアが失踪する前から少しだけつき合いがあったし」
「おや、そうだったのですか」
初耳です。という割には声音も動作も全く動じていない。やはり食えないおっさんだ。そう思い、ガイはルニアを見た。
「……でもあの火事で、生きていたんだ。俺はそれだけで嬉しいさ」
何も残らなかった建物。
すべてが焼け焦げて、見るも無惨なことになっていたという。
「おやおや、ガイもまだまだ若いですねぇ」
*
ジェイドにからかわれる?
05・抱きしめたくなる程
預言(スコア)に日々の暮らしを支配されている、オールドランドの民。
明日の行動も、夕飯の献立さえ預言に頼る日々。
そんな狂った生活によって狂わされた道を歩んできた者達。
「貴殿も預言などというものは廃すべきだと思うだろう?秘預言(クローズドスコア)ではなく、ただの預言者が詠んだ陳腐な預言によって人生を狂わされた貴殿――ルニア・ディ・ジュライル・キムラスカ・ランバルディア。貴殿ならば」
仲間が息を呑む音が聞こえる。頭に熱が集まらぬよう、激情に身を任せぬようにルニアは唇を噛み、手を握りしめた。
みしり、と骨が怒りに震えたような音が聞こえるがそれどころではない。
何故、ナタリアですら知り得ないことを目の前の男は知っているのだろうか。
「ルニアの人生が預言によって狂わされただと?」
「ですがヴァン、ルニアに関することは秘預言には……」
「ですから、“ただの預言者が詠んだ陳腐な預言によって”と言ったのですよ」
怒りに身を任せるルニアを横目で見たガイは、震える腕を横へと伸ばした。触れることを拒絶するようなその震えに手がそれ以上持ち上がらずにガイは青ざめた顔で、顔をしかめた。
その肩を抱くこともできない自分に歯がゆさと悔しさを抱いて、堅く握りしめられた手を包み込むように握った。
*
今更明かされる衝撃(?)の事実
06・会いたいのに
呼び出されると、雑用に愚痴聞きに、惚気に、ブウサギの散歩。
平和になったとはいえ、身の回りは平穏とはほど遠い日々。
ふとしたときに、手の届く範囲にない、素っ気なくまとめられた朱色の髪や、呆れたように微笑む色違いの瞳に気づき一抹の寂しさを覚える。かといって会いに行く暇もない
気づくと日常に彼女がいることは当たり前になっていた。大切なものだとわかっていても、離れてからわかることがあった。
*
ガイ視点
07・早く明日になれ
一片の雲もない青空。とは言い難い、空模様の航海。大荒れに揺らぐ船に揺られルニアはぼんやりと曇天を見上げた。
数年前に追い出されるようにキムラスカのバチカルを飛び出したときも同じ様な空だった。
「……ようやく、かぁ」
大叔父に個人的な使いを頼まれてバチカルから船に乗って幾日。ようやく水の都へと到着する。
日常となった非日常で見えなくなった、薄い色の金色や、空を切り取ったような空色。優しく包み込むような低い声。
今から向かう異国で、どんな顔で迎えてくれるのか。
*
そのころのルニア
08・そばにいて欲しい
何で一人ここに立っているのだろう。マルクトでもキムラスカでもちょっと名の知れた個人経営の雑貨屋でルニアは立ち尽くした。
驚いた顔のガイと再会したのもつかの間何故か皇帝に呼び出され、そのままご機嫌な彼の人に連れてこられた。
「彼女がガイが言っていた子ね」
「流石に言わずともわかったか。まあ、事前に頼んだとおりに頼む」
「はいはい、頼まれましたからピオは早く戻って頂戴。でないとジェイドが誰かを寄越すか、ジェイドが来るわよ」
「それは困るな。仕方ない、今日はおとなしく引き下がるさ」
ご機嫌に店内を出ていく皇帝を見送る。一刻の主が護衛もつけずにふらふらで歩いてもいいのだろうか。
「ごめんなさいね、強引な人で」
「いえ……」
「夕方から明後日までガイに暇を出すからここで時間をつぶして欲しいそうよ。私も、ジェイドやガイからよく話される貴女とお話をしてみたくて」
そう言って黒い双眸を優しく細めて微笑んだ女性の名前をルニアは知らなかった。
何故だか急に青空が恋しくなった。
*
勢いでアゲハ蝶と混ぜてしまった…!!
09・この関係から抜け出したい
仇敵国同士の、貴族の嫡子。
王位継承者の護衛同士。
世界を救う旅の仲間。
ちょっと気になる相手。
「ねぇ、大佐~?あの二人ってどうしてあんなにじれったいんですかぁ?」
「そうですねぇ、距離が近すぎる。というのも一つの要因でしょうが……ガイに甲斐性がないからではないですか?」
「あ、そっかぁ~!ガイってばへたれですもんね~」
「そうそう。ガイはへたれですから~」
「悪かったな!へたれで甲斐性がなくて!!」
*
怖くて踏み出せない一歩。
10・君でなければ
「……ルークがいなくなってしまった今、遠目に王位継承権を持つ私は、自由が利かないわ」
「そんなことわかっているさ。けれど、キムラスカにはナタリアがいるんだ。俺には、君しかいない」
「…っ、でも」
「近い未来のことよりも、俺は今を大切にしたい。俺は君がいなけりゃ駄目なんだ。俺は君に隣にいて欲しい。君は?」
答えは言わなくてもわかるんじゃないの?
*
後半は字数のため駆け足でした。
配布元・シュガーロマンス
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