デフォルト名:立花眞里
盆に乗せた茶器一式が揺らがないように、足音を立てながら廊下を歩く。足音を立てる理由はただ一つ。――保身の為である。
現時点で眞里も千鶴も新選組の『知られたくない何か』の端を知っている状態である。
根が素直すぎる千鶴は気づいていないだろうが、今ある情報だけでも繋ぎ合わせれば『知られたくない何か』の端から中心へと近づけてしまう。そんな予感がする。
血に狂う隊士。それを粛正に出ていた平隊士ではなく幹部達。数回だけ訪れていたという雪村綱道。消息を絶った雪村綱道の捜索。
知られたくない血に狂ってしまった隊士達。躍起になって探す綱道の行方。おそらくこの二つは必ず繋がっている。
「(まあ、ありがちなのは……)」
蘭方医というのがそれらを結びつける。
しかし思い至っても誰にも話す気はない。彼らもそれを望んでいないのだろう。現に土方は、眞里が感づいていることに気付きながら何も言及してこない。
問い質せば、何らかの処分をしなければならないから。それは、土方の本意ではないのだろう。
仏頂面でいても世話焼きで、鬼畜になりきれない優しすぎる『鬼の副長』の渋面を思いだし、眞里はくすりと笑った。
一週間も経たないというのに眞里がお茶を淹れても何も言わない。むしろ顔をつきあわせれば淹れてこいとも言われた。余程信用されたか泳がせているのか。
足を留めて、静かに膝をつく。
眞里が近づく前に室内から声は止んでいる。
「近藤殿、井上殿。立花です」
「おお、眞里君か。入ってくれ」
「失礼します」
静かに襖を開き、中に入る。既に話も終えたのか、近藤と井上が柔和な笑みを浮かべて眞里を迎えた。
部屋の前の縁側に腰掛けて眞里は月夜を見上げる。月は、この場所からでも自分の覚えのある月と変わらない。
隣に正座する千鶴と違い、眞里は男のように片膝を立てて座っていた。
端から見れば男女の語らいのようであるが、残念ながら双方ともに女である。
眞里が立ち去った後の広間でのやりとりを聞きながら眞里は沈んだ様子の千鶴の頭を自分の肩にそっとかき寄せる。軽く頭を撫でられると続きを促されたのを分かったのか千鶴は甘えた仕草で続けた。
「分かってるんです。私は所詮新選組のお客さんで、あの人達との間には大きな壁があるって」
「……そうだね。でもその壁は彼らの優しさから出来ている。他の者達を決して巻き込まないためにね」
千鶴が眞里を見上げる。その視線に気づきながらも眞里は月を見上げる視線は外さない。
月明かりに見上げた眞里の横顔は千鶴の知らない人のようで、不安に思い彼女の着物の端を軽く握る。
「千鶴が憎くて黙っている訳ではないよ。……私たちがここにいる理由も彼らの優しさからだ。……知れば否応無しに巻き込まれる。知る必要が来たら、そのときがくれば必然的に知ることになる筈。だから、そのときまでは彼らの優しさに甘えておきなさい」
ようやく千鶴を見た眞里は、千鶴が見慣れた優しい笑みを浮かべていた。父性の様な、けれど幼い頃に亡くした母が持っていたであろう大らかな微笑みを。
「はい、母様」
照れた笑みを誤魔化すように言った言葉に眞里は、目を瞬き次いで千鶴の髪を無造作にかき混ぜた。
「確かに、あのままもしかしたら母御になっていたかもしれないけどこんなに大きな娘は持てないなぁ。……ああ、でも誰かの側室だったらあったかな?」
誰に嫁ぐか等は全く予定になかったが、候補の一人は既に正妻も嫡子もいた。真面目な眞里の応えに千鶴は顔をひきつらせて若干力を込めて眞里を揺さぶる。
「じょ、冗談だったのに大真面目で返さないで下さい!!」
「ふふ、悪かった。さて、湯の時間が来るまで軽い運動をしていてもいいかな、斉藤殿?」
千鶴の頭をまたも撫でると、静かな動作で立ち上がり、傍らに置いてあった槍と刀を手に取る。立ち上がり際に廊下を振り返ると驚いた千鶴もあわてて振り返った。
「えっ!? 斉藤さん?」
眞里の視線の先を辿った先には、闇に染まった廊下に溶け込むように斉藤一が腰を下ろしていた。名を呼ばれたからか一歩ずつ足を踏み出し、月明かりの下千鶴のそばに再び腰を下ろすと感情の読めない瞳で眞里を見上げ、小さく頷いた。
「俺もあんたのそれに興味がある」
それ、とは刀と槍を共に振るうことだろうか。見られても特に困るものでもないために、斉藤の探るような視線を気にせずに中庭へと足を下ろす。
無造作に構えて深く息を吸う。吐くのに合わせて目を閉じれば、居ないはずの手合わせの相手が目前に現れる。
左の槍を回転させ防御の型を取りながらも、右の刀で攻めの体制を取る。
『いざ、参る!!』
幻の幸村相手に口角がつり上がった。
目を閉じているのに体勢を崩すことなく、槍や刀を体の一部のように振るう眞里の姿に千鶴は見入っていた。
楽もなく、ただ月明かりのみの舞台での舞のようで。
手に持たれるのは、飾り紐でも鈴でも、扇でもない真剣。幾人もの人を屠った凶器。それでも今は月明かりに煌めく神聖な神器の一つ。
「きれい……」
「いくら鍛えているとはいえ立花は女人。その身でああも軽々しく槍と刀を振るわれてしまえば、我々の立つ瀬もないな」
妬みともとれなくもない発言だが、眞里へのそれは賛辞である。眞里の生い立ちを何となくではあるが知っている千鶴は何気なしに頷くこともできてしまう。
生きた時代が違い、世界も違う。それは仕方のないことではあるが、眞里にとって今の斉藤の言葉は元の時代でも賛辞であろう。
「まるで舞を見ているようで、誰かと試合をしているようですね」
「熟練者の動きは無駄がない。舞に見えるのはそれだけ成熟しているからだろう。……だが、振りが大きいのは巡察には向かないな」
「確か、室内は室内の戦い方があるって仰ってましたよ」
何処ぞの城を落とした時は、壁の至る所に侵入者対策の仕掛けがあり苦労した、と苦笑い混じりに全国行脚の話を聞いた時を思い出す。
緑の人の顔のような野菜を取りに、異国の宗教家が牛耳る城に侵入したときの話だったろうか。
味の感想だけは幾ら聞いても教えてもらえなかった。
眞里の独り舞台は藤堂が湯の使用許可を告げに来るまで続いた。
***
幸村が『紅蓮の二槍使い』なら眞里は何だろう?
槍と刀という中途半端な仕様にしたのは私だけれど。
武田主従が炎なので、ストッパー的意味合いで属性は氷です。
とりあえず、彼らからの呼ばれ方に迷いが……。
沖田と斉藤と同じ歳。ということにしているので、そのうち呼び捨て……になるかなぁ?でも沖田からの呼び方にちゃん付け?さん付け?とりあえずは試行錯誤で。
[2回]
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