移り往く季節を君と
デフォルト名:朔夜
何もなかった場所から燃え上がる炎。
何もなかった場所から落ちる雷(いかづち)。
常世を統べる皇の下にある八雷(やのいかづち)は、その名はあくまで名称であり役職であるが、朔夜の知る限り炎雷(ほのいかづち)を拝するナーサティアと黒雷を拝するアシュヴィンはその名を現すかのように炎を、雷をそれぞれ意のままに操る。
朔夜が中つ国において春を司る姫として、王族として当たり前のように霊力を有することを当たり前のように周囲が思っていたように、彼らに対しても当たり前の如くしている。
「んー、僕はあんまり考えたことないけど……。姉様が不思議に思っても僕は答えれないや、ごめんなさい」
義弟であるシャニも若くして八雷である若雷を拝しているが、朔夜の望む答えは持ち得なかった。
膝に乗った重みに朔夜は小さく息をついた。小さな温もりをこうして抱えていると、橿原宮での数少ない温かい記憶が蘇る。
黄金に輝く御髪をそっと指で梳き、花冠を乗せあい、微笑みを交わしてその日の出来事を話す。
今手のひらにあるのは、黄金と対をなす白銀の髪。長くはなく、癖がありふわふわと指に小さな反発をしてくる。
「んー……」
「眠い?」
「ううん、寝たら勿体ないよ」
せっかく兄様がいなくてどくせんしてるのに。
小さな呟きと共に、小さな頭が胸元にもたれ掛かり、膝にかかる重みが増した。義弟の体をそっと抱え直すと、小さく唄を口ずさむ。
中つ国の、幼い子供ならば殆どの者達が聞いて育つ唄。
残念ながら朔夜や従姉は聞いて育つことはなかったが、下りた村々ではよく耳にした。なので、二ノ姫は朔夜や一ノ姫の歌う唄を聞いてきた。
吹き込んできた風に肩が震えるが、今は腕の中の温かな温もりを手放したくない。
「我が妃の眠り唄は心地よい合歓へと導くのだな」
ふわりと肩に厚いものが掛けられ、立った風が慣れた香りを運ぶ。後ろから聞こえた声に唄を止めて首だけで振り返る。
「もう終わったの?」
「ああ。サティが早く終わらせてくれたからな。……で、我が時はいつまでそれを?」
「それって、あなたの大切な弟であり、私の義弟よ」
大人数の兄弟である常世の王族は朔夜が当初思い描いていたほど仲が良好ではなかった。その中で、夫となったアシュヴィン、義兄のナーサティア、義弟のシャニは比較的兄弟間でも交流がある方である。
アシュヴィンは穏やかなまなざしでシャニを見るが、白銀の髪を指に通すと顔を曇らせる。
「……シャニに出雲を任せることになった」
「出雲を?」
「ああ。おそらく本決まりだ。変更はない」
出雲。古くから神に纏わる話しが多く、神話の里。中つ国の初代神子の伝承の地もあの場にある。
熊野とも違う神域の空気を思い出すと身が引き締まる。
「出雲はどのような処だ?」
「神話の出ずる場所、とよく聞いたわ。人々は神を忘れてしまい、名を呼ばなくなり加護を失っているけれど、出雲ではまだ神の祠は大切にされているの。名を忘れても、祈り願っている。中つ国の、原点とも言えるわね」
「原点……」
「そう。今は忌み地とされているけれど、神卸しの土地も出雲にあるわ」
一度赴いた地を思い出す。
百合に囲まれた、美しい土地。まだ龍の息吹を感じる不思議な場所。何故、忌み地なのか。分かるようで分からない。
「どちらにしても、シャニは出雲に行く。何か気をつけるべきことがあれば教えてやって欲しい」
「分かったわ」
「しかし、ようやく俺の敵が一人減るな」
楽しげな色を秘めた低い声に首を傾げる。
アシュヴィンの敵は多い。ただでさえ多い兄弟。跡目争いは本人を置いて激化していく。それに加えて彼は、皇の正妃の息子。血統としては申し分ない。
アシュヴィン本人も、国をよくするために皇の位は視野に入れている。しかし、シャニやナーサティアを敵とは見なしていない筈であった。
それを知っているため夫の言葉の意味を計りかねている朔夜の顎を取ると、顔を寄せてアシュヴィンは艶やかに笑う。
唇に息がかかりそうな距離でささやきを落とす。
「敵は敵でも、恋敵という敵だがな。お前の夫は俺だと言うのにな」
朔夜の抗議と呆れの声は、彼の唇に飲まれ音になることはなかった。
***
甘い……
描写する100のお題(追憶の苑)
[2回]
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