デフォルト名:立花眞里
近藤の言葉に部屋の空気も変わり、視線を向けられた斉藤は畏まった仕草で頷くと静かに言葉を発した。
「昨晩、京の都を巡回中に浮浪の浪士と遭遇。相手が刀を抜いたため、斬り合いとなりました。隊士等は浪士を無力化しましたが、その折、彼らが【失敗】した様子を目撃されています」
話し終えた斉藤はちらりと千鶴と眞里へと視線を向けるが、眞里は素知らぬ様子で近藤を見続けた。この場は黙り通すのが殊勝だが、千鶴は静かに口火を切った。
「私、何も見てません」
その言葉を聞いて、土方以下数名は表情を和らげるが、他は様子を崩さない。
藤堂が身を乗り出して穿つ様に千鶴を見つめる。
「なあ。おまえ、本当に何も見てないのか?」
「見てません」
きっぱりと言い返す千鶴の様子に眞里は思わずため息をつく。
「ふーん……。見てないんならいいんだけどさ」
身を引いた藤堂に続いて、永倉が不思議そうに千鶴を見る。
「あれ? 総司の話では、おまえが隊士どもを助けてくれたって話だったが……」
「ち、違います!!」
焦った様に声を上げる千鶴に眞里は手で顔を覆った。完全に誘導尋問に引っかかっている千鶴を止めることはできない。
「私は、その浪士たちから逃げていて…! そこに眞里さんと、新選組の人たちが来て……。だから、私が助けてもらったようなものです」
「じゃ、隊士どもが浪士を斬り殺してる場面はしっかり見ちゃったわけだな?」
千鶴は顔面を蒼白にして口ごもった。
部屋の空気が、鋭いものを帯びて千鶴に突き刺さる。
「つまり、最初から最後まで、一部始終を見てたってことか……」
原田の言葉に千鶴は助けを求めるような顔をして眞里を仰ぎ見るが、残念ながら眞里にもどうすることもできない。
「おまえ、根が素直なんだろうな。それ自体は悪いことじゃないんだろうが……」
彼は曖昧に言葉を切った。
「わ、私、誰にも言いませんから!」
「偶然浪士に絡まれていたという君が、敵側の人間だとまでは言いませんが……。君に言うつもりがなくとも、今のように相手の誘導尋問に乗せられる可能性はある」
山南の鋭い指摘に千鶴は言葉を詰まらせる。
何を言ってもどうしてもこの場を切り抜けるのは不可能だろう。
千鶴や眞里が京に上ったのは、千鶴の父雪村綱道を探すため。彼らの秘密……昨夜の出来事を口外するつもりはなくとも、彼らは安心はしない。
不安の芽は摘み取るに限る。そんなことは、戦国の乱世を生きていた眞里が一番よく知っている。
次々と追いつめられていく状況に千鶴は泣きそうになりながら俯いていく。
口封じは、殺すのが一番。そうさらっと言った沖田を近藤はたしなめるように見た。
「総司、物騒なことを言うな。お上の民を無闇に殺して何とする」
「そんな顔しないでくださいよ。今のは、ただの冗談ですから」
困った顔をした沖田は目を伏せた。このやりとりで、沖田が近藤に弱いというのが伺えた。
「冗談に聞こえる冗談を言え」
斉藤の呆れたように呟かれた言葉に沖田は照れたように笑った。
「しかし、何とかならんのかね。……まだこんな子供だろう?」
「私も何とかしてあげたいとは思いますが、うっかり洩らされでもしたら一大事でしょう?」
井上の言葉に山南は千鶴と眞里を一瞥し、土方へと向き直った。
「私は、副長のご意見をうかがいたいのですが」
土方は小さく息を吐き出すと、千鶴を一瞥し眞里をじっと見た。
「俺たちは昨晩、士道に背いた隊士を粛正した。……こいつらは、その現場に居合わせた」
誰も一言も発さない。土方は眞里から視線を外さなかった。
「―――それだけだ、と仰りたいんですか?」
「実際、このガキの認識なんざ、その程度のもんだとは思うんだが……」
眞里を見る眼差しには、『お前は違うと思うがな』そういう意味が込められている気がした。おそらく眞里の認識は間違っていない。
「……けどよ、こればっかりは大義のためにも内密にしなきゃならねぇことなんだろ? 新選組の隊士は血に狂ってるなんて噂が立ちゃあ、俺らの隊務にだって支障が出るぜ」
永倉の筋の通った指摘に土方の表情が曇る。
「総司や新八の意見も一理あるとは思うけどな。ま、俺は土方さんや近藤さんの決定に従う」
「……オレは逃がしてやってもいいと思う」
原田に続いて藤堂も困ったように言った。
「こいつらは別に、あいつらが血に狂った理由を知っちまったわけでもないんだしさ」
『血に狂った』
その言葉は正しいと、眞里は昨晩を思い起こした。むせかえる様な血の匂い。あの狂気はまさにその言葉が一番あてはまる。
しかし、そんな言葉知りたくなかった情報だ。ただ、新選組の隊務に気が触れた者達と遭遇したのだと言えた時には戻れない。
ため息をついた眞里を見て、土方は忌々しそうに舌打ちした。
「平助。……余計な情報をくれてやるな」
その言葉で、藤堂は失言に気づき慌てて両手で口を塞ぐ。しかし、出てしまった言葉はなかったことにはできない。
「あーあ。これでますます、君たちの無罪放免が難しくなっちゃったね」
沖田のからかうようなしかし、真剣な視線に千鶴が唸る。
「男子たるもの、死ぬ覚悟くらいできてんだろ?おまえも諦めて腹くくっちまいな」
原田の言葉に千鶴は不思議そうに目を瞬き、眞里は驚いた。
眞里自身、男装の時代が長かった為見抜かれないのは自信があるが、千鶴はどうみても少女が男装しているようにしか見えない筈である。
「確かに、潔く死ぬのも男の道だな。俺も若い頃は切腹したし」
「左之の場合、まだ生きてるけどな」
原田の腹にはさらしが巻かれている。それが原因なのかと納得するも、眞里にとって死ぬ覚悟がどうして腹切りに繋がるのか理解できない。
腹切りは所詮自決である。
眞里は、武士ならば合戦で命を散らす覚悟はするべきだとは思うが、やはりその覚悟は理解できない。
そんな理解できない話よりも、と眞里は静かに口を開く。
「……話の最中すまないが、結論が出るまで部屋に戻してもらえないだろうか」
「俺も同感です。同席させた状態で誰かが機密を洩らせば、……処分も何も、殺すほかなくなる」
眞里の言葉に斉藤も同調する。
迂闊な発言は、あまり聞きたくない。土方は深くため息をついた。その中に安堵がこもっている気がするのは勘違いではないだろう。
「そうだな、頼めるか」
斉藤が頷くと、山南も静かに同意を示す。
「ここには、うかつかな方も多いですしね」
伏せられた眼差しは壁際に揃う永倉達へと向けられていて、彼らはぎょっとする。
「うっわ、山南さん……。わざわざこっち見て言うとかキツいよ」
「ま、仕方ねえよ。うかつなのは俺らの担当だろ。主に平助」
「ひっでぇ左之さん。そんな責めるなよ! オレだって悪気は無かったんだからさ!」
悪気があったらたまったものではない。ため息をつく眞里と千鶴を見ると、藤堂は伺うように小さな声で謝罪を口にした。
肯定も否定もせず眞里は肩をすくめるが、千鶴は小さく頷いた。
斉藤の促しに腰を上げると千鶴は眞里に手を差し伸べる。
有り難いが、千鶴の体格から眞里を引き上げるのは無理がある。
「有難う、千鶴」
笑って遠慮を示すと、静かに近くにきた斉藤に右手を取られ引き上げられた。
そのまま廊下と連れて行かれるため、廊下に出た際に眞里は近藤に対して深く頭を下げると、斉藤に続いた。
襖が閉じられ、三人の足音が去り行くと近藤は困ったように土方を伺い見た。
「いい子達なんだが……どうにかならないか、トシ」
「何とも言えねえよ、近藤さん」
「特に、眞里って方は要注意ですよ、近藤さん」
クスクスと笑いながら、廊下の方を見る沖田に視線が集まる。彼は昨晩見た眞里の立ち回りを思い出す。
「あの子が立ち回って、二人を斬ったんですから。持っていた刀も、もう一人の小太刀とは比べ物にならないくらい使い込んでありましたし」
「……判断力は小さい方より厄介だ。ありゃ腕もなかなかだぜ」
「土方さんが言うなら、相当だな。千鶴って子は素直すぎて分かりやすかったけど、もう一人は読めなかったな」
原田は、千鶴と違いじっと近藤を見ていた眞里を思い出す。
落ち着き払い、状況をよく分析していた様だったが何を考えているのかさっぱり分からない。そんな印象だった。
「なんだかなぁ、眞里って子だったか。……俺を見て、表情が変わったんだよ」
「近藤さんが局長って知って驚いたんですよ」
しかし、沖田の言葉に近藤は首を横に振った。続けようと口を開いたのと同時に、斉藤が戻り言葉を続ける時節を失う。
二人に対しての審議が始まり、近藤から意識がそれた時。彼の口から零れた小さな言葉を聞いたのは土方のみであった。
「あんな……あんな年端もいかない子がする表情じゃないだろう」
***
わらわらいすぎて進まない!!
千鶴からの呼び方に迷います。
でも呼び捨ては違和感なのでやっぱり眞里さん。かな。
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