デフォルト名:立花眞里
部屋に戻された眞里と千鶴は、静かに閉められた襖に深いため息をついた。
「千鶴、手は大丈夫?」
「うん、そんなにきつくないから。それより、眞里さんは大丈夫? まだだるそうだけど……」
千鶴と違い、戒められていない手で彼女の頭を撫でる。
文句をあげながらもされるがままの彼女は手を止めると不安そうに襖を再び見た。
「……どうなるんだろう、私たち」
「どうだろうね。できれば殺したくないけど、殺すしかない。といった空気だったね」
あのような話し合いでは、決定権を持つ人間の決定が通るのが定番である。先程の様子から察するに、近藤か土方か……。
「近藤殿と土方殿の意見が合えば、それが通ると思う」
「……やっぱりそうなるのかな」
「多分ね。それより、千鶴に教えて貰いたいのだけど」
不思議そうに首を傾げる千鶴に眞里は座るように促す。
このまま待っていても、逃げ出しても転がる先は同じだ。どうせ逃げ出すことは不可能なのだから。天井裏と、廊下側から人の気配がする。
そのことに気づいていない千鶴には告げず、眞里は自分の疑問を解消することを選んだ。
「新選組ってなにかな」
「え? あ、そっか。眞里さん知らないよね」
新選組といえば、京や江戸ではそれなりに名が知られている。
しかし、眞里はあまり物事を知らない。それはともに過ごした一年で心得ている千鶴は、眞里に分かるように簡単に説明をはじめた。
事実と噂と混ざり過ぎているために、どこからどこまでが真実か分からないことも織り交ぜつつ、自分が知る新選組を語る。
「……そうか。いまいち、情勢が理解できないが、何となく分かったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
眞里の礼に笑顔で答えると、千鶴は静かに立ち上がり襖に手をかけた。
「千鶴?」
「このまま待っていても、殺されてしまうと思うの。……和解は難しいと思うし……」
「三十六計逃げるにしかず?」
揶揄したような眞里の言葉に、千鶴は重い面差しで頷く。
「手は無理だけど足は動くし、……出口への道も覚えて居るもの」
小さく頷いた千鶴は襖へと近づく。おそらく足で開けるつもりなのだろう。
「眞里さんは……」
「私は気にしなくていいよ」
不安そうな面差しに笑顔を浮かべる。
千鶴が迷いに手を下ろした瞬間、襖が勝手に開き入ってきた人物と千鶴は衝突した。
入ってきたのは局長である近藤であり、体格の違いで転倒する千鶴は手が縛られているために受け身が取れない。眞里は素早く入り込み彼女の体を受け止める。
「っぁ!」
「おや……、ずいぶん大胆な方ですね。まさか逃げるおつもりだったんですか?」
腕の傷口を畳に打ち付け痛みに呻く眞里の声を、近藤に続いてきた山南の言葉がかき消す。
眞里の上にいる千鶴は蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。
「勝手に動かれては困ります。君たちの身が、余計に危うくなるだけですよ?」
硬直した千鶴に追い打ちをかけるように、静かな土方の視線と声が千鶴に注がれる。
「逃げれば斬る。……昨夜、俺は確かにそう言ったはずだが?」
「残念だけど、殺しちゃうしかないかな。約束を破る子の言葉なんて信用できないからね」
怒りを孕んだ声に続いて、沖田の静かな声。
残念そうな言葉とは裏腹に、沖田は静かに微笑みを浮かべていた。
それでも諦めきれなかったらしい千鶴は、勢いよく起きあがると近藤の脇をすり抜けて外へ出ようとするが、呆れたような声とともに土方に襟首を掴まれてつまみ上げられる。
「あのな、おまえ。本気で逃げ出せるとでも思ったのか?」
「は、はなしてくださいっ!」
「離したら逃げるんだろうが、このアホウ」
捕まった猫の子のようにじたばたと手足を動かして逃れようとする千鶴に土方は苛立ち吐き捨てる。
「大丈夫かい?」
「……ありがとうございます」
千鶴と土方のやり取りとは別に、倒れ込んだままの眞里に近藤が屈み込み手を伸ばす。しかし、眞里は目を伏せて礼の後に首を振った。
右手のみをついて起きあがろうとすると、静かに肩に手を置かれ手助けされる。沖田だった。
「君、強情だね」
「ありがとうございます」
「褒めてないよ」
「ふん……。そっちの女はまだしも、年端もいかねぇ小娘が、下手な男装までして何を果たそうってんだ?」
すべきことがあると喚く千鶴に土方が鼻で笑って切り捨てる。しかし、千鶴は大人しくなると土方をじっと見上げた。
やっと大人しくなった千鶴を床に下ろした土方は面倒そうに深く息を吐いた。
「あの、土方さん。あの……。今、小娘って」
「……なるほどね。あなたはさておき、やはりこちらの方も女性だったんですね」
「どう見ても女の子だよね、君は、きれいに化けたつもりかもしれないけど。ま、こっちの子は中々分かんないけど、土方さんがそういうならそうなんでしょ?」
山南、沖田の言葉に千鶴が驚きの声を上げるが、もう一人も声を上げて驚いていた。
「……この近藤勇、一生の不覚!! まさか、まさか君たちが女子(おなご)だったとは!!」
近藤は驚愕の表情のまま千鶴と眞里を見比べていた。
「命を賭けられる理由があるんなら、誤魔化さずに全部吐け。……いいな?」
土方の真剣な表情に千鶴は小さく頷いていた。
千鶴の仕草を満足したように見下ろすと、部屋へと足を踏み入れ眞里の前で膝を突いた。そして眞里の左腕を取り、無言で袖を捲る。横で近藤が土方の名を呼ぶが気にせず、腕に巻かれた白い包帯が赤く染まっているのを見て舌打ちをした。
「っ眞里さん!」
「なんで無茶しやがった。……悪化したらどうするつもりなんだ」
「大丈夫ですよ。傷が開いただけですから」
千鶴を庇った時に腕をぶつけ、傷が開いた。ただそれだけのことだと笑う眞里にまた舌打ちが一つ。立ち上がろうと体制を直そうとすると、浮遊感に包まれる。
驚く間もなく、耳元で近藤の狼狽える声がする。
「いかん! 女子が、傷などいかん!! トシ、すぐに手当を!!」
「分かったから、落ち着け近藤さん。斉藤が準備してる筈だから広間に行ってくれ」
「分かった! 君、しばしの辛抱だぞ!!」
どたどたと走り去る近藤に抱き上げられていた眞里は、心配で辛そうに顔を歪ませる近藤に小さく礼を告げた。
「あーあ、近藤さん慌てちゃって」
「眞里さん……私のせいで…」
真っ青になる千鶴の頭を軽く小突くと土方は近藤が去った方へと踵を返す。
「どっちにしろ、あいつの傷の具合を見る予定だったんだ。おら、さっさと行くぞ」
近藤に運ばれ、幹部がいる部屋で呆れ顔の斉藤に手当された眞里は深いため息を吐いた。
「さ、斉藤。傷は、傷は残らないかい?」
「どうでしょう……。私は医療の専門家ではないので、分かりませんが……」
「今更傷の一つや二つ、増えたところで変わりません。お気遣い頂ありがとうございます」
包帯が結び終えた腕をそっと袖の中に戻す。眞里としては本当のことであるため、気にすること出はないのだが、近藤は心底気にしているようだった。眞里の言葉に煽られたのか、勢いよく眞里の肩を掴み深く頭を下げた。
慌てたのは、下げられた眞里と、部屋にいた幹部達と、部屋に戻ってきた者達であった。
「近藤さんっ! あんた何頭下げてんだ!!」
「女子に怪我をさせ、あまつ肌に傷が残ってしまうなど! 俺は自分が許せない!!」
「……近藤殿、軍の頭は容易く頭を下げてはいけません。お優しく、気遣って頂けるのは大変嬉しく思いますれば、頭をお上げください」
「うむ……。しかし……」
まだ納得のいかない近藤に眞里はふわりと笑い、目を伏せる。
「私は、武士です。生まれてからこの年まで戦場を駆けて参りました。傷は、私が未熟な証。お気に召されるな」
眞里の言葉に近藤は、深く考え込み。小さく頷いた。
「……で、近藤さん。気はすんだかい?」
「あ、ああ! すまなかった。とりあえず、彼女たちの事情を聞こう」
土方の言葉で我に返った近藤に肩を解放された眞里は、静かに立ち上がり、千鶴と先ほど座った場所にもう一度腰を下ろした。
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原田さん達が空気です
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