デフォルト名:立花眞里
仕切り直した広間で、近藤は一つ咳払いをすると眞里と千鶴を見た。
「美人さんたちだとは思っていたんだが、まさか本当に女性だったとはなあ……」
「女だって聞いてから見ると、女にしか見えなくなってくるんだよなあ」
感心したような近藤と藤堂とは裏腹に、井上は申し訳なさそうに顔をゆがめた。
「しかし、女の子を一晩縄で縛っておくとは、悪いことをしたねえ……」
「女だ女だって言うが、別に証拠は無いんだろ?」
永倉は一人不機嫌そうに頭をかき、狼狽える千鶴を見て原田は楽しげに笑った。
「証拠も何も一目瞭然だろうが。なんなら脱がせてみるか?」
「そ、それは――」
「脱ぎますか? 私は構いませんよ?」
顔を赤める千鶴とは対照的に、しれっとした顔で言い放った眞里に言った本人である原田も、永倉も面食らう。
全く気にしないそぶりで、自分の着物の襟首に手をやった眞里に、窘めるような土方の低い声が響く。
「おい、こら。やめやがれ」
「許さん、許さんぞ! 衆目の中、女子に肌をさらさせるなど言語道断!!」
「分かったから、脱がなくていいよ」
眞里が襟首から手を離せば、安堵のため息が重なる。一部のは残念そうな響きもあったが、土方の睨みが持ち主へと飛ばされる。
「しかし、本当に女だって言うなら、殺しちまうのも忍びねぇやな……」
「男だろうが女だろうが、性別の違いは生かす理由にならねぇよ」
永倉の呟きに土方がすかさず釘を刺す。山南も同調を示す。曰く、「人を殺すことは忍びないこと。京の治安を守るため組織された新選組が、無益な殺生をするわけにはいけない」と。
「結局、女の子だろうが男の子だろうが、京の治安を乱しかねないなら話は別ですよね」
沖田の微笑みに、近藤は苦い顔で頷く。
眞里には現在の京の様子はよく分からないが、千鶴の話と今の彼らの話から察するに、反幕府派という勢力や、主君を失った武士である浪人が京に蔓延っている。彼らによって治安は悪化し、新選組は京の治安を守るためにある。
よって、眞里と千鶴は彼らに新選組の握られたくないものを漏らしてしまうかもしれない危険因子なのだろう。
近藤に話を聞かせてくれといわれ、視線を受けた千鶴は眞里を見た。その視線に眞里は微笑し、小さく頷く。
「……私は、雪村千鶴と言います」
「私は、立花眞里と申します」
そこから千鶴は順序立てて説明を始めた。江戸の出身であること、連絡の途絶えた父を探しに眞里と二人で京まで来たこと。
誰もが口を閉ざして聞く中、近藤は感極まったように目を潤ませた。
「そうか……。君たちも江戸の出身なのか!父上を探して遠路はるばる京に来たのか! して、そのお父上は何をしに京へ?」
「父様は、雪村綱道という蘭方医で――」
「なんだと!?」
千鶴の父の名を聞いた瞬間、場の空気は一変した。緊迫した空気の中、幹部の誰もが千鶴を眺める。その眼光は鋭い。
あまりの変貌に千鶴は目を丸くして固まってしまった。
「これは、これは……。まさか綱道氏のご息女とはね」
「綱道殿をご存じなのですか?」
眞里の問いかけに、皆一様に口を噤み視線を落とす。どう答えるべきか迷っているようだった。張りつめた緊張を斉藤によって破られる。
「綱道氏の行方は、現在新選組で調査している」
「新選組が父様のことを……!?」
悲痛な声に、千鶴の考えを否定する為か沖田が軽く手を振り否定の意を示す。
「勘違いしないでね。僕たちは綱道さんを狙ってるわけじゃないから。同じ幕府側の協力者なんだけど……。実は彼、ちょっと前から行方知れずでさ」
「幕府を良く思わない者たちが、綱道氏に目を付けた可能性が高い」
千鶴は息を飲み、目を見開いたまま再度固まる。まさか、偶然遭遇して拘束された新選組が探し人を探しているとは誰も思わない。
「生きている公算も高い。蘭方医は、利用価値のある存在だ」
俯き、父を呼ぶ千鶴の頭を二回軽く叩く。無事だろう。そんな意味を込めて。
顔を上げた千鶴はぎこちない笑みを浮かべた。
「ですが、綱道氏が見つかる可能性は、君のおかげで各段に上昇しましたよ」
山南が言うには、綱道が新選組を訪れたのは数回だけらしい。面識が薄い人間は月日がたてば立つほど本人かの認識が難しい。だから、千鶴が居れば身なりが変わっていても看破できるだろうと、山南は続けた。
納得している千鶴とは別に眞里は若干引っかかりを覚える。
数回しか訪れたことのない蘭方医を何故必至に探しているのか。
「あの蘭方医の娘となりゃあ、殺しちまうわけにもいかねぇよな」
面倒そうな口調で土方は呟くと千鶴を見た。
「昨夜の件は忘れるって言うなら、父親が見つかるまでおまえを保護してやる」
「君の父上を見つけるためならば、我ら新選組は協力は惜しまんとも!!」
快活な笑みと共に握り拳を作る近藤につられて千鶴も笑みを浮かべる。
「殺されずに済んで良かったね。……とりあえずは、だけど」
「はい。……良かったです」
「本来であればここのような男所帯より、所司代や会津藩に預けてやりたいんだが……」
一転して困ったように微笑む近藤。表情も感情も豊かで、大らかなのだろうことはこの数刻のやり取りで眞里にも分かる。
「不便があれば言うといい。その都度、可能な範囲で対処してやる」
「ありがとう、ございます」
斉藤の静かな言葉に千鶴は照れたように言葉を切る。先程までの先の見えない不安から一転して、親切な言葉の数々にどうすればよいのか分からないようだった。
「ま、まあ、女の子となりゃあ、手厚く持てなさんといかんよな」
「新八っつぁん、女の子に弱いもんなあ……。でも、だからって手のひら返すの早過ぎ」
「いいじゃねえか。これで屯所が華やかになると思えば、新八に限らず、はしゃぎたくなるだろう」
原田の言葉に千鶴は困ったように笑った。
新選組で面倒を見ると言っても恐らく男装が大前提の筈だ。
男所帯でやってきた場所に、女を放り込んでもろくなことにはならない。
「隊士として扱うのもまた問題ですし、彼女の処遇は少し考えなければなりませんね」
「なら、誰かの小姓にすりゃいいだろ?近藤さんとか山南さんとか――」
「やだなあ、土方さん。そういうときは、言い出しっぺが責任取らなくちゃ」
土方の言葉ににやりと笑った総司が言った言葉に、近藤は満面の笑みで首肯した。
「ああ、トシのそばなら安心だ!」
「そういうことで土方君。彼女のこと、よろしくお願いしますね」
「……てめぇら……」
先行きに不安を覚えるが、何とかなるだろう。と眞里と千鶴は安堵のため息を吐くと、目配せをして互いに微笑み合う。
そういえば、と今更思い出した眞里は土方と近藤に顔を向ける。
「千鶴の処遇には安堵したけれど、私はどのように?」
「あっ!」
事情を説明したとは言え、それはあくまで千鶴の事情であり、眞里は違う。
千鶴もそれに思い至ったのか、さあっと顔から血の気が引く。
「……お前は、とりあえず傷を癒すのが先だろう」
気まずそうに目を逸らす土方をじっと見つめるが、彼は口を開く気配がない。
そんな二人の間に近藤が窘めるように割ってはいる。
「まあまあ、眞里君のことは君の傷が癒えたらきちんと決めようと我々も決めていたんだよ。まだ、本調子ではないだろう? 話も長くなるだろうからね」
「……ならば、刀だけでいいので返していただけないでしょうか」
刀? と脈絡のなさに誰もが首を傾げる。
そんな周りの疑問は気にせず、眞里は小さく頷く。
「殺気はないと分かっていますが、人の気配がする場所ではあれがないと眠れないのです。……そのように育ちましたから」
「ああ、だから壁に凭れていたんだね?」
井上の言葉に、真意を求めた視線が集う。眞里はもう一度頷いた。
「この子は一睡もしていないよ。壁に背をつけてずっと座っていた。……そのように育った、というのは分からないけれど」
「……その怪我では刀は振れまい。後で部屋に持って行く」
「ありがとうございます」
この怪我でも刀は振れる。しかし、返してもらえるのならよけいなことは言うまい、と眞里は口を噤んだ。
部屋に戻るように言われ、千鶴は立ち上がり眞里へと手を差し出す。しかし、だるさの境地にいた眞里は手を上げる気力もなく、ぐったりと座り込む。
「ったく、仕方ねぇ奴だな……。おい、これしっかり握っとけ」
呆れた声と共に目の前に差し出されたのは、愛刀【桜花止水】
咄嗟に握り、柄に目を寄せる。その肩に土方の手が乗せられる。寝るなと言わんばかりだが、残念だが抗えない。
「御館様……」
小さく呟くと、そのまま意識が闇へと沈む。
傾ぎそうになった体を支えると、舌打ちと共に土方が持ち上げる。
「……こいつはこいつで、何かありそうだな」
「あ、あの……。眞里さんは」
「気を失ってるだけだ。仕方ねぇ。誰か、襖開けてくれ」
斉藤が静かに襖を引くと土方は人を抱き上げているとは感じさせない早さで歩いていく。その背中を千鶴があわてて追いかけた。
「刀がねえと眠れないってどんなに警戒してんだ」
「……山崎君の話では、監視の視線に気づいていたそうだが」
「あの子の家族って訳でもないだろ?いったいどういう関係なんだろ」
彼らの疑問に答えが得られるのは、まだ当分先のことであった。
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