夢見たその一言
タルタロスを襲撃し、何も考えずに向かい来るマルクト兵を迎え撃つ。
辺りが獣の鳴き声しか聞こえなくなったときアディシェスは呼ばれた気がした。
だが気のせいだろうと思い、手短な神託の盾兵を治療し始めると、妙に慌てる気配を感じた。治療を受けている兵は向かってくる人間が誰だか分かったのか動こうとするが詠唱中のアディシェスに睨まれた。
詠唱が完了したのと同時に聞き慣れた声に名を呼ばれた。
「――…ファーストエイド」
「アディシェスっ!!」
振り返るとアッシュが彼にしては珍しく、慌てていた。治療された兵は慌てて礼を言うとそそくさと立ち去った。
「なに、あっさん」
「あっさん言うな!それよりも早く来てくれ」
アッシュの言いように形のよい眉をしかめるが、言われるがままに立ち上がる。回りを気にするようにアッシュはアディシェスの耳元でささやいた。
それを聞くと顔をしかめ、アディシェスは走り出す。
「それを先に言いなさいよ!」
「大声で言えるか!さっさと来ない貴様が悪い!」
「ああっ!もう、さっさと案内しなさい!!」
怒鳴りながらたどり着いた廊下では赤い血溜まりの中に大人が一人壁にもたれてぐったりとしていた。
「ちっ。医療兵はどうした?!」
「知るか。どうしたらいい」
倒れ込みそうなラルゴは顔色は悪いが首筋に触れると脈があった。応急処置は済ませてあるようだ。
「清潔な布。ラルゴと同じ血液型の人間。大きな寝台。ディスト」
簡潔に告げると詠唱の準備に入る。アディシェスの状態を確認するとアッシュは言われた通りに準備をしに、廊下から消えた。
長い詠唱を終え、温かな光りがラルゴを包み込むと傷口は塞がったようだった。
だが、治癒術では失った血液は取り戻せない。
そのためにディストがいる。
ホッと息を吐いたアディシェスは一つアッシュに言い忘れたことを思い出した。
「おい!持って来たぞ!」
「何ですかアッシュ!このディスト様を物呼ばわりするとは!」
喚くディストを一瞥するとアディシェスは、ぽん、と手を叩いた。
「ディスト。ラルゴの血が足りない。輸血をするからあんたの手が必要なのよ」
「はい?」
「ついでに移動させる為にあんたの譜業借りるわよ!」
そういって素早く背後に回りディストを蹴落とした。
その後。有無を言わせずにディストを使い回し、途中タルタロスが緊急停止するなどのアクシデントに見舞われたが、無事ラルゴの意識は回復した。
「…手を煩わせて、すまなかったな」
意識が戻ったラルゴにディストはアディシェスに扱かれた不平不満を喚き散らした。そのことを繋ぎ合わせて何が起こったのか自分で整理したのだろう。
「あなたに死なれたら困るのよ」
「そうか」
「……それに」
アディシェスは言葉を切ってラルゴが倒れていた状況を思い出す。
あまりにも頭が冷えていた為に動転はしなかったが後から考えると冷汗が出る。
「『お父さん』がわりのあなたに死なれると私もアリエッタもつらいもの」
アディシェスの微笑みにラルゴはそっと頭を撫でた。
ラルゴの事情はあまり知らない。
ただ、自分やアリエッタと同じ年頃の娘を亡くし、妻を亡くしたと。
その娘の影を自分達に重ねていることと。
それ程しか知らない。
**
schittamentではやられる側。こっちのシリーズではやる側です。お父さんなラルゴ。きっとアリエッタの存在は彼にとって小さくないかと。
[0回]
PR