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小ネタ日記

TOS・TOA・彩雲国物語等の名前変換小説の小ネタを載せております。 感想・意見・質問ございましたら各記事のコメント、もしくはサイトにてどうぞ。

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薄桜鬼17

デフォルト名:立花眞里


 四国屋に居た土方隊は、「本命は池田屋」の連絡を受けると直ぐに援軍へと向かった。

 駆けつけた土方は、幹部へと手早く指示を出すと一人監察方の山崎を連れて大通りへと足を運んだ。土方を見送り、原田は裏口の援護、斉藤は宿内の援護に回るため奔走した。


 土方は大通りに一人立ち、役人達の列を向かえていた。
 悠然とした行列の移動に苛立ちが募るのを飲み込み、淡く笑うと立ち並んだ役人の列の前に一歩踏み出しだ。
 ただそれだけの仕草ではあったが、土方の一歩で威圧感は膨らみ役人の列を留めた。
 足を止めた彼らを見渡し、土方は朗々と語り出す。見得きりの様に辺りは彼の空気に飲まれていた。

「局長以下我ら新選組一同、池田屋にて御用改めの最中である!! 一切の手出しは無用。――池田屋には、立ち入らないで貰おうか」

 土方の厳しい口調による宣言に役人はざわつく。

「し、しかし我々にも務めが――」
「小せえ旅館に何十人も入れるわけねえだろ? 池田屋を取り囲むくらいが関の山じゃねえか」

 嘲笑すら含んでいる声に声を上げた役人に怒りが浮かぶ。しかし土方は反論の隙を与えずにたたみかける。

「それとも乱戦に巻き込まれて死にてえのか? 羽織着てねえ奴は間違って斬られるかもしれねえ。我が身が可愛いなら大人しくしとけ」

 騒動に決着がつく前に役人に入られれば、新選組の手柄は彼ら役人のものとなる。決死の覚悟で斬り入った隊士を守るため、そのまま土方は、池田屋での捕り物が終わるまで一人で役人の行列を押し留めていた。




 駆け下りた先に見知った背中を見つけ、彼女の名を叫ぶ。

「眞里さん!!」
「千鶴? 怪我は?」
「私は大丈夫です……。でも、沖田さんがっ」

 取り乱す千鶴の肩を抱き寄せ、背中をそっと叩く。一定の間隔で叩かれるそれに合わせてゆっくりと呼吸をしているうちに、気が落ち着いていった。
 眞里は、ゆっくりと問いかけを始めた。

「沖田殿の意識は?」
「気を失っています」
「そう……。容態は?」
「胸元を蹴り飛ばされて、恐らく内蔵に損傷が……」
「――分かった、まだ千鶴は動ける?」

 千鶴は眞里の腕の中から身を離すと、眞里の目を見つめ返してゆっくりと頷いた。
 立て続けに起こった恐ろしい出来事はまだ恐怖を心に植え付けたままである。しかし、戦いの終わった宿内ではまだ隊士達は働き続けている。
 千鶴だけ休んではいられないし、今は体を動かしていたかった。
 千鶴を見て優しく微笑んだ眞里は、いい子だ、と肩を軽く掴むと静かに千鶴に仕事を告げた。

「すぐ外で負傷者を集めて手当しているからそこに手伝いにいって欲しい。私は沖田殿を運び出してもらうように言ってくるから」
「はい!」
「誰か、手の空いている人は二階へ! 沖田殿も負傷されている!」
「立花さん、俺が行きます!」

 飛び出していく千鶴を見送り、眞里が声を上げると隊士が二人駆けてきた。稽古でよく顔を見た隊士だった為、頷くと千鶴からの情報から彼らにとってもらうべき対応を告げる。

「なるべく動かさないようにして運びたい。板の戸に慎重に乗せて下ろして欲しい」
「分かりました」

 彼らが駆け上っていく傍らを藤堂が運び出されていく。譫言でまだ何かを呟いているようだったが、異変はないようだった。
 ホッと息を吐くと、誰かに肩を掴まれゆっくりと振り向く。

「よう、お疲れ!」
「永倉殿、お疲れさまです」

 全身の至る所を返り血で染まった永倉だった。晴れやかなような曇った笑みに曖昧に返すと、そのまま彼の手を取り外へと引いていく。
 驚きながらもそのままにされる永倉だったが、連れて行かれた先に土方を見つけて慌てる。

「な、何で土方さんのとこ連れてくんだよ! 俺、何もしてねぇぞ?!」
「土方殿ですか……?」
「おい、呼んだか」

 何を言っているのか分からず首を傾げて永倉を振り返ると、何故か土方が姿を現す。目が合うと会釈して、また永倉を引いて歩き出す。
 眞里の意図が分からず、ついていく永倉と土方だったが、眞里が足を止めて手を離し、待つように言われると大人しく足を止めた。

「何やってんだ、あいつ」
「さあ、分かんねえな。それよりさ、土方さん。あいつら今回お手柄だぜ?」
「……だろうな」
「え、もう聞いてんのか?」

 いや、と首を振ると土方は眞里と、眞里についてやって来る千鶴を見て目を細める。日の出が近いのか、東雲空になっている。

「俺が指示出す前に宿内の隊士は動いてやがった。組長でもないあいつの指示に従うって事はそれ相応の働きを見たってこったろ」
「……そうかもな」

 永倉も眞里と千鶴を眺めて笑うが、すぐに千鶴が鋭い声で永倉を呼び目をつり上げるのを見て肩を竦める。
 走ってきた千鶴が永倉の腕を引っ張り、言い聞かせるように淡々と話す。

「手に酷い怪我をしてらっしゃるなら早く手当に来て下さい!!」
「あ、ああ……。わりいわりい」
「ほら、早くして下さい!!」

 連行されていく永倉を見てため息を吐く土方の前に眞里が再び戻り、小さく頭を下げた。

「お疲れさまです、土方殿」
「ああ、お前もな。俺にも何か用か?」

 幹部にだろうと容赦なく指示を飛ばしていた眞里を遠目で見ていた為(同じく見ていた近藤が笑みを浮かべて「流石女子は叱り慣れているな」と言っていた)、ついに自分も使われるのかと思ったのだが、流石に局長と副長は使わないのか首を傾げられた。

「いえ、屯所で湯の準備と食事の準備をしておきたいと思ったのですが……」

 言われた内容に、ああ、と頷きながら流石だな。と心の中で賛辞を述べた。

「こっちの指示は殆どお前がやってくれたからな。その指示はもう送ってある」
「いえ、出過ぎた真似をして申し訳在りません」

 頭を下げ再び動き回ろうとする眞里の肩を掴み、その場に留める。止められた眞里は不思議に思うのか、土方を見上げる。

 視界の端で、空の端に陽の端が見え始めた。京の空気が一掃されていく。

「後はあいつらに任せておけ」
「ですが……」
「副長命令だ」

 眞里は一瞬不服そうな顔をするが、すぐさま消し去り分かりました、と頷いた。
 そのまま、隊士達が帰還の準備を整えるのを土方と並び眺めていた。



 池田屋事件と呼ばれるこの出来事で、池田屋にいた尊王攘夷の過激派浪士二十数名のうち、新選組は七名を討ち取り、四名に手傷を負わせた。一方、新選組は一名が戦死、二名が重傷。他にも負傷者を何人か出した。
 新選組の名を内外に広める一つの事件であり、隊士達の中でも暫くは語り継がれるものとなった。


 こうして長い夜が明けた。


 眞里と千鶴は土方に言われるままに庖厨で熱燗とお茶の準備をしていた。
 何故昼間から熱燗なのか理解出来なかったが有無をいわさぬ迫力にとりあえず準備をするだけして広間へと向かう。お盆には熱燗と土方が置いていった薬包とお茶。

 広間には幹部が勢ぞろいしており、眞里と千鶴が中へと入ると一斉に視線を向けられる。

 千鶴と目配せして、眞里は近藤と土方の間に膝をつき盆からお茶を置く。そのまま薬包も置く。

「おお、すまんな」
「いえ。熱燗はどちらの方に?」
「俺と近藤さん以外にだ」

 言われたままに熱燗を渡していくと熱燗が一つ余る。余った分をお盆に乗せたまま千鶴と一歩下がり腰を下ろす。そう言って湯飲みを持った土方は眞里のお盆の上と千鶴のお盆の上を一瞥した。柳眉を吊り上げ、眞里へと眼差しを向ける。
 眼差しを受けた眞里は目を瞬く。何かしたのだろうけれど、心当たりが全くない。

「おい、お前も飲め」
「はい?」

 意図が分からないまま手招きされるままに土方の隣に腰を下ろすと、熱燗と薬包を渡される。
 意味が分からないがあたりを見渡すと、眞里に見本を見せるように薬包を手にした彼らは中身をさらさらと口に流し込み、そのまま熱燗で飲み込む。
 眞里は思わず目を見開いたまま固まる。

「特別な処方をしたお薬なんですか?」
「土方さんの実家で作ってる薬。石田散薬って言うんだよ」

 千鶴の問いに答えた沖田は楽しげに目を細めると、面倒そうに薬を流し込む。その事務的な動作に、飲むのが始めてではないことが窺えた。

「打ち身挫き切り傷に良く効く万能薬だ」

 淡々と述べる斉藤の言葉に原田や藤堂、永倉は苦い笑みを浮かべる。小さな声でぼそりと、眉唾もんだがな、と呟いた声はしっかりと眞里や土方にも聞こえた。
 彼は眉間に皺を刻むと深く息を吐いた。

「……とりあえず、手前ぇも飲んどけ」
「……頂きます」

 熱燗で流し込むと、清酒独特の熱さが喉を通り抜けていく。
 けろりとした顔で飲み終えた眞里を見て呆気にとられる幹部に、熱燗の猪口を回収する眞里は訝しみ千鶴を振り返る。
 彼らの気持ちが理解できた千鶴は笑みを浮かべる。

「眞里さんはお酒強いんですか?」
「昔から何かにつけて宴ばかり開かれて朝まで飲まされたから。それに元々うちの一族は酒豪が多いから」

 信玄が亡くなってからは滅法少なくなったが、同盟国に赴けば飲めや歌えの大騒ぎだったことを思いだし自然と笑みが浮かぶ。しかし、楽しげとは違い儚さを纏う笑みに事情を知っている一部の者は目を伏せる。

「なんだなら今度一緒に島原に行くか?」
「な、なに言ってんだ左之。島原に女は連れて行けねぇだろうが」
「でもよ、男装してんだから別に問題ないだろ」
「……それもそうか」
「っていうか土方さんが許可を出さなきゃ行けねぇって」

 藤堂の指摘に原田と永倉が土方を見るが、彼は渋面を作ると低い声で唸った。

「馬鹿野郎。んな許可出すわけねぇだろうが」
「だよなぁ」
「酒盛りしたけりゃ屯所でやりやがれ」

 土方の言葉の意味を正確に読みとった原田は笑みを浮かべ永倉の肩を叩いた。
 騒ぎ始めそうな二人を見て、場をただすように近藤は咳をすると眞里を呼ぶ。

「池田屋で、平助の相手と言葉を交わしたと聞いたが」

 頷くと眞里は名乗った浪士を思い出す。

「はい。長州者ではないと感じましたし、本人も違うと言っておりました。新選組と戦う理由がないと言ってもいました。名は天霧九寿。……得物を使わない様でしたが、勝てるかどうかは五分、でした」
「眞里ちゃんで五分なら平助は引いて正解だったね」
「うるせー!」
「……五分にしてもなぜ逃がした」

 冷えた声に、眞里は新選組の厳しいと呼ばれる法度を思い出す。
 士道に背くべからず。だったろうか。
 背中の傷も切腹、敵前逃亡も切腹なのだろうか、と考えたところで眞里にはこの時代の士道はよく分からない。

 侍はこの時代に既になく、武士という身分はあっても武将はいない。
 暫く考えて眞里はじっと土方を見つめ返す。紫苑の瞳は責めの色はなく、ただの質問であることを見て取るとゆっくりと口を開く。

「敵の情報を持ち帰るのは、自陣の利益。刀を交える場所を選ぶのは双方への敬意。敵でも相手への敬意を。それが私の士道ですので」
「……はっ、なるほどな。で、手前ぇが得た情報はなんだ」
「身体能力も高いようです。沖田殿の相手も天霧殿も腕力脚力も人間離れのようです。戦闘に持ち込むなら一対一は危険です」

 しかし。と眞里は昔を思い出す。徳川陣営の最終兵器、戦国最強と名高い本多忠勝に比べればまだ勝機はある。
 刃を交えるならば、全力で闘ってみたい。そんな懐かしい高揚感を抱く。自然と口角が上がり、顔には不敵な笑みが浮かぶ。

 眞里のその表情を見て土方は喉の奥で笑った。

 しかし、一息つくとすぐさま真剣な表情を浮かべ幹部たちを見渡す。

「隊務は明日から再開する」
「はっ?! 土方さんそれ本気かよ」
「平助、総司、新八。お前らは外す。他隊士も重傷人は療養だ。動ける奴らで隊務を行う」
「俺は動けるぜ?」

 ホッと息を吐いた藤堂とは違い、永倉は不満を隠そうとせずに顔をしかめる。沖田も似たような顔をしている。
 土方が柳眉を吊り上げる。

「お前等は寝てやがれ」
「でもよ」
「副長命令だ」

 翌日から、数人の副長助勤を欠いたまま巡察が再開された。

**

文字数ぎりぎり!!
もうすぐ禁門の変!

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薄桜鬼16

デフォルト名:立花眞里


※残忍表現あり


 闇の帳が下ろされた京の町。静かな宵闇に怒号が響き、剣戟の音が高く鳴る。
 絶え間ない怒号、階段を駆け下り上る音、誰かの断末魔。そこは現実から切り離された、芝居の一部のようで。
 眞里にとっては懐かしい空間であり気分が高ぶるのを抑えなければ飛び込みそうであっても、千鶴は激しい剣戟の音などに竦み上がっていた。

 震える肩を自分で抱きしめる千鶴を後ろ目で見ながらも、眞里は前方への注意を怠らない。千鶴の目の前で、彼女を守る為に人を切りたくない。――斬るところを見せたくない。しかし、それは眞里の我が儘である。
 そんな時、池田屋から聞き慣れた人々の怒鳴り声が聞こえた。

「畜生、手が足りねぇ……! 誰か来いよ、おい! 誰かいねえのか!!」

 永倉の声だった。辺りを見渡すが、人っ子一人見あたらない。正面から突入しなかった隊士達は裏口に回っている為永倉の声が聞こえないようだった。
 耳を澄ませば裏からも物音が聞こえる。激しい打ち合いの様だった。

「眞里さん、どうしよう……!?」

 取り乱す千鶴の肩をそっと抑え千鶴と向き合う。横目で池田屋の様子が窺える。
 眞里が突入すれば彼らは少しは楽になる。けれど、眞里が離れれば千鶴を守る者がいなくなってしまう。

「……千鶴、私が言ったこと。覚えてる?」
「え?」

 千鶴が眞里の言葉を思い返したのと同時に池田屋から近藤と永倉の怒号が聞こえる。

「大丈夫か、総司!?」
「くそっ! 死ぬなよ、平助!!」

 その瞬間、眞里と千鶴は顔を見合わせて頷き合いそのまま池田屋へと飛び込んだ。

 噎せ返るような血の臭い。消された灯りのせいで薄暗く、人の顔形は遠目でははっきりとは分からない。

 剣戟の激しい音に気を取られるが、すぐさま眞里は刀を抜き放ち背後から迫っていた浪士を切り捨てた。千鶴は気づいて振り返ると既に浪士は倒れ伏し、眞里の太刀筋は全く見えなかった。

「眞里さ――」
「眞里、千鶴ちゃん!」

 千鶴の声を遮った永倉の声に千鶴がそちらを振り向くと、眞里が再び誰かの刀をすり抜けて斬り倒す。倒れ伏す音で千鶴がようやく気づいて振り返る。
 傍にやってきた永倉は眞里の動きを見ていたのか場違いなほど高揚した眼差しで笑う。

「実践は始めてみたが、流石だな。それにしてもこんなとこに呼んじまってすまねぇな。奥に平助がいる。行ってやってくれるか?」

 千鶴と眞里。どちらに向けられた言葉かは把握できないが、どちらが行けばいいのか一瞬迷う。
 千鶴が手を握りしめて俯くのを見て眞里が言葉を発しようとした瞬間、千鶴は様々な感情を混ぜた緊迫した顔を上げた。

「近藤さんが、沖田さんを呼ぶのも聞こえました」
「君たちが来たのか……!!」

 気づけば近藤が傍で浪士と切り結んでいた。永倉が手を貸そうとする前に他の浪士が切りかかってくる為、彼はそれを迎える。

「他の隊士はなにをやってるんだ!」

 近藤の焦りの滲んだ声に、眞里は外に居た隊士は裏口で応戦中であることを淡々と告げ、刀とは別に槍を構え直す。
 隙を突こうと伺っていた浪士を何人かを柄で払い飛ばす。それを見ていた永倉が不謹慎であるが口笛を飛ばす。

「お、やるなぁ!」
「すまんが、総司を見てやってくれるか。二階にいるのは、総司と浪士がひとりだけだ。総司に限って負けはせんだろうが、手傷を負うかもしれん。敵も相当の手練れだ」
「私……」

 藤堂も沖田も千鶴にとっては、助けに走りたい相手である。けれど、同時に二人の様子を見に行くのは不可能だ。

「……お昼に迷惑をかけてしまった沖田さんのお役に立てるなら……」
「なら私が藤堂殿の援護に向かおう。千鶴程ではないが私も応急手当てぐらいなら心得ている」

 頷き合い、千鶴は眼差しに力を込めて急な階段を見上げた。
 身の振り方を決めた二人を横目で見ながら近藤と永倉は不敵に微笑み、浪士を斬り倒す。
 新たに切り結ぶ剣戟の音を響かせなから去っていく二人の背中に声を張り上げた。

「任せたぜ! こっから先は誰も通さねぇよ!」
「ああ!」




 中庭へと駆けていくと、先から厚い威圧感を感じ高揚する気持ちを抑えるのに意識を使った。喧噪は遠く、一騎打ちの場であった。

「藤堂殿!」

 そこには、額の鉢金を落とし額から夥しい血を流しながらがたいの良い浪士に刀を向けている藤堂の姿があった。相手には殺意は感じられなかったが、隙はまるでなくただ存在感が大きかった。

「眞里、か何で、きたんだよ!」

 息が上がり途切れ途切れの声は藤堂に限界が近いことを示していた。

「お怪我は?」
「べ、別に大したこと、ないし……! こんなの、ツバでもつけときゃ治るっつの!!」
「……それだけ話せるならば大丈夫そうですね」

 苦笑するも、藤堂の足下はふらつき、刀を握るのもやっとの状態であるのは月明かりでも見て取れた。対して、黙したまま油断のない瞳で眺める浪士。
 見事な赤毛を背で括り、じっと眞里を眺めるその眼差しに眞里は藤堂の前へと一歩踏み出て槍の先を彼の喉元へと一瞬で突きつけた。
 彼は臆することなく、穂先を見つめずに眞里を見つめ返す。眞里も構えもせずにただ槍を突きつけたまま動かない。
 視線が絡まり、沈黙が長い間流れた。しかし、それはほんの数秒であり、先に口を開いたのは浪士であった。

「――私には戦う理由がない。君たちが退くと言うのなら、無闇に命を奪うつもりはありません」
「……オレらには、理由があるんだっての。長州の奴らを、見逃すわけには――」

 言葉を返さない眞里の代わりに藤堂が言い返すが、体も揺れ言葉も揺れていた。藤堂を制するように刀を納めた右手を伸ばすと、眞里はゆっくりと言葉を選びように話した。

「殺意を感じない。慌ててもいない。……長州者ではないということか」
「ほう……。新選組の中にも貴女のように戦いの最中冷静な方もいるようですな。しかも…。強い」

 浪士の目が楽しげに細められる。刃を交えずとも気迫で分かる実力。浪士は素手での戦法をとる者のようだったが、藤堂の額の傷は彼が負わせたものだろう。

「誉め言葉として受け取っておこう。こちらとしてもほかに手を回したいので、引いていただけぬか」
「おいっ!!」
「……いいでしょう。こちらもあなた方と争う理由もありませんからね」

 威圧感を無くした相手に敬意を表してか、眞里も槍を下ろす。その動作をやはり楽しそうに見る浪士。その声は高揚していた。

「私は天霧九寿と申すもの。よければ――」
「私は立花眞里。訳あって新選組に身を置いている剣客のようなもの」
「……フ、立花ですね。では私はこれで失礼させていただきます」

 背を翻す浪士を追いかけようと藤堂が一歩踏み出すが、彼は血溜まりに足を取られて転倒する。既に四肢に力が入らない身体でありながらもがく藤堂の手を取る。

「藤堂殿、今はこちらが不利でした。今の場はまた次回に持ち越しましょう」
「畜生、畜生っ…! 次に、会うときは、覚えとけよ…!」

 藤堂は眞里の言葉が聞こえていないのか、譫言めいた口調で何度も悪態を吐きそのまま意識を失った。
 力をなくした腕を床に下ろし、眞里は手早く応急処置を始める。幸いと言うべきか傷は骨で止まっていたため、最悪の事態は避けられそうだった。止血して、静かに立ち上がると手短な板の戸を外し隣に置く。

 宿内の音は、静まっていた。




 千鶴は階段を駆け上がり、室内に転がり込むと言葉を無くし立ち竦んでいた。
 窓から差し込む月明かりに照らされていた光景は、目を疑う。

 新選組でも一二を争う剣豪である沖田が、身なりのよい浪士に圧されていた。
 猫柳の様な髪の合間から覗く赤い瞳はつまらなさそうで、彼と沖田の打ち合いも彼にとっては遊技にもならないようであった。浪士の剣は、沖田の技術には劣っているが、速さと重さに勝っていた。

「貴様の腕もこの程度か」

 浪士は目を細め微かに笑う。

「さて、そろそろ帰らせて貰おう。要らぬ邪魔立てをするのであれば容赦せんぞ」

 その声調は池田屋の惨状には全く興味がなく穏やかであり、沖田の敵意を事も無げに受け流していた。沖田は浪士の態度に激昂することもなく柔らかく微笑むと、前触れもなく床を蹴った。

「悪いけど、帰せないんだ。僕たちの敵には死んでもらわなくちゃ」

 激しい切り合いが続行される。
 千鶴は畳に転がった茶碗が目にはいると咄嗟に掴み、浪士に向かって投げつけた。何も考えずただ反射的に行ったことだったが、どこか確信めいた考えもあった。

「(隙が出来れば沖田さんが何とかしてくれる筈!!)」

 浪士は飛来する茶碗に気づき刀で叩き割った。その隙を突くように沖田が一撃を仕掛けると浪士は体勢を崩し、不愉快そうな顔になった。
 沖田も体勢を建て直し、千鶴のみ聞こえるような小さな声で囁く。

「いい子だね、千鶴ちゃん。後で、いっぱいほめてあげる」
「こしゃくな……!」

 自尊心を傷つけられたのか浪士は切り結ぶ速さを上げた。それについていく沖田に上段から刀を振り下ろし、受け止めた沖田が体勢を崩した所で凄まじい脚力で沖田を蹴り飛ばした。

「沖田さん!」

 呆気なく飛ばされ、床を転がり血を吐く余裕もなく咳き込む沖田に慌てて駆けより支えた千鶴は浪士を睨みつける。

「おまえも邪魔立てする気か?俺の相手をすると言うのなら受けて立つが」

 愉快さが滲むぎらついた眼差しで千鶴を睥睨し、構えられた切っ先が千鶴に向かうと沖田が庇うように立ちはだかる。口元から胸元までを真っ赤に染め、おかしな呼吸音をさせながらも浪士に刀を突きつける沖田に千鶴は焦りしがみつく。

「駄目です、沖田さん! 骨が折れているかもしれないのに!」
「あんたのは相手は僕だよね? この子には手を出さないでくれるかな」

 浪士は沖田と千鶴を観察していた様だったがせせら笑うと。

「愚かな。その負傷で何を言う。今の貴様なぞ、盾の役にも立つまい」
「――黙れよ、うるさいな!僕は、役立たずなんかじゃないっ……!」

 怒りを露わに大声を上げる沖田に千鶴がしがみつく指に力を込める。

「大きな声を出しちゃ駄目です! 沖田さんは、血を吐いたばかりなのに…!」

 興味もない眼差しで観察していた浪士だったが視線を明後日の方へとやると唐突に刀を納める。
 目を瞬き、疑問の声を上げた千鶴の声は掠れていた。

「どうして……」
「会合が終わると共に、俺の務めも終わっている」

 浪士はつまらなさそうに答えると、身軽な仕草で窓から飛び降りる。逃げると言うよりも、見逃すといわんばかりの動作に沖田は前へと足を踏み出すが、支えきれず転倒する。

「くそっ……! 僕は、僕はまだ戦えるのに……」

 弱々しい叫び声に、千鶴は沖田の傍らに座り込むと彼の顔をじっと見下ろす。動かない体を必死に動かそうとする沖田は平生の彼からは想像もつかない。

「沖田さん…どうして、守ってくれたんですか……? 私がじゃまになれば殺すって、いつも言っているのに…」

 千鶴の言葉に四肢の動きを止めると、不思議そうに目を瞬いた。そのまま眠たげな声でぼそぼそと呟く。

「……そういえば、なんでだろう? 僕にもよくわからないけど、でも、次は、ちゃんと殺さないと――」

 そしてそのまま沖田は意識を失った。
 泣きそうになりながらも千鶴は、池田屋の喧噪が遠のいていることに気づき立ち上がると階下へと駆け下りた。


***

土方さんが入らなかった!!!

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薄桜鬼15

デフォルト名:立花眞里



 土方がもたらした情報にそれぞれが渋面を浮かべる。
 眞里も千鶴も口を挟まないが、あまりの内容に絶句してしまう。

「町に火を放つだあ? 長州の奴ら、頭のねじが緩んでるんじゃねえの?」

 永倉が苦々しげに吐き出した言葉に、眞里は場違いにも南蛮宗教のザビーが操っていた絡繰りザビーを思い出した。メカザビーと呼ばれ、倒すのに苦労した。
 あれは確かに頭にねじが使われていた。

「それ、単に天子様を誘拐するってことだろ? 尊王を掲げてるくせに、全然敬ってねーじゃん」

 脱線してしまった眞里を知らない藤堂の言葉が眞里を現実に引き戻す。
 隣の斉藤は小さく頷き。

「何にしろ、見過ごせるものではない」
「奴らの会合は今夜行われる可能性が高い。てめえらも出動準備を整えておけ」
「……了解しました、副長」
「よっしゃあ、腕が鳴るぜぇ」

 皆それぞれな反応ではあるが、了承の意を示し順に腰を上げていく。土方は思い出したように千鶴を見た。

「綱道さんの件だが。長州の者と桝屋に来たことがあるらしい」
「え?」

 わかったのはそれだけだ、と言い捨てる土方は眞里へと視線をやるが、眞里は首を横に振る。
 そうか、と呟くと土方も広間を後にした。

 後に残された眞里と千鶴は、出来事を整理するように二人とも言葉を噤んでいた。やがて整理を終えた眞里が立ち上がろうとした時、千鶴が不意に声を出す。

「長州と幕府は仲が悪い筈、なのにどうして父様が一緒に……?」

 眞里は、新たに出た答えを言葉にはせずに「夕餉の準備に行こう」とだけ答え、千鶴の肩を押した。




 眞里には夜襲の経験はあるが、討ち入りの経験はなかった。しかし、同じ様なものだろうと判断して手の空いている隊士を捕まえて握り飯の大量生産を行い始めた。戸惑っていた千鶴には、すぐに負傷者を手当できるような準備を頼んである。
 それならば、と安心した千鶴は今頃屯所中の清潔な布を集めていることだろう。治療に関しては千鶴の方が一枚も二枚も上手なので何の心配もしていない。
 戸惑う隊士に握り飯の作り方を教えると、自身は素手で摘める簡単な物を作る。
 ついでに体調を崩している隊士用の粥も作る。

 粗方作り終える頃には、慌ただしい音も遠くなっていた。
 膳に乗せられるだけ乗せるように指示を出し、どこに運ぼうかと思案している時、庖厨に声が響いた。

「眞里君はいるかな」
「局長!? 立花殿、局長がいらっしゃいました!!」
「ん? ああ、握り飯を作ってくれていたのか」

 近藤の所へ、幹部用に寄せた膳を手にして足を運ぶ。
 眞里が持っているものに気づいた近藤は、討ち入り前とは思えないほど穏やかな顔を浮かべて膳を受け取る。

「助かったよ、眞里君。広間に運んで貰えるかな」
「分かりました。私に何かご用ですか?」

 隊士へと目配せすると、一人は広間へと駆けて行き残る者で膳を運び始める。それを見送ると近藤は満面の笑みを浮かべて予想外の事を言った。

「雪村君に、伝令役を頼もうと思うんだが。トシに眞里君も一緒なら許す、と言われてな。元々君にも声をかけるつもりだったんだが。一緒に来てくれないだろうか」

 長州は四国屋と池田屋という場所でよく会合を開いていて、今夜もそのどちらかだろうと予想されている。
 池田屋が頻繁に使われていたことから、おそらく今夜は四国屋で行われると予想されるために本命を四国屋とし、万一の為に池田屋にも向かう隊を作る。
 本命四国屋には土方率いる24名が。池田屋には近藤率いる10名が向かうという。

 体調を崩している隊士が半数いるため、動けるのは僅か三十数名しかいない。山南と辛うじて動ける隊士は屯所の警護に周り、他はすべて出動する。

 池田屋がどのような規模の建物かは知らないが、確かに10名という少数で、万一本命だった場合伝令に割ける人数はいない。

 眞里が行く分には構わないが、問題は千鶴だった。いくら護身術は心得ているといっても、彼女は殺気を知らない。実践で、自衛はできないと見ていい。
 しかし、新選組の役に立ちたいと思っている千鶴は行きたいと願うだろう。それによって自分が危険に晒されたとしても。
 加えて、千鶴の参加には眞里の同行が条件になっているのは土方が千鶴の自衛について理解しているからであろう。
 そして土方は、眞里が土方が二人に願っていることを理解していることを知っている。血生臭い出来事に関わらせたくない、という願いを。
 眞里が断ることを願いつつ、眞里の判断に委ねるということなのだろう。


 千鶴の願いを叶えるためには、眞里が同行して護ればいい。ただそれだけのこと。それが、土方の本心からかけ離れていると知っていても眞里が選ぶのは千鶴の心である。

「喜んでお供させていただきます」
「そうか! いやぁ、眞里君が来てくれれば百人力だな」




 広間に刀と槍を持って現れた眞里を見て土方は苦い顔をした。ため息を吐くと、表情を切り替え。

「助かった、礼を言う」

 何について言われたのか理解できず首を傾げると、土方は咳払いをして眞里から目をそらす。
 横で眺めていた原田は困ったように笑いながら、握り飯を両手に持ち、一つを眞里の手に渡した。

「飯の準備のことだよ。幹部全員忘れててな、マジ助かったんだわ」
「ああ……。討ち入りは経験したことがなかったのですが、夜襲と同じ様なものかと思ったので。私は武器類は知らないので、食事だけお節介させていただきました」
「(や、夜襲……?)あ、いや。マジ助かったわ。ありがとな、お前も飯はまだだろ? 一緒に食おうぜ」
「良ければご一緒させていただきます」

 握り飯を食べ始めた眞里を見下ろしながら、原田も食事を再開する。先ほどまで原田が居た場所では、いつものように永倉と藤堂が騒がしく食事をしており、時折千鶴の仲裁が入る。
 ふと、眞里の槍が目に入り原田はじっと眞里を眺めた。視線に気づいた眞里が原田を見上げる。

「どうかされましたか?」
「いや……。槍、持って行くんだと思ってな」
「大人数を相手取るときは槍の方が楽ですし」

 戦闘に加わる気で満ちている眞里の言葉に原田は苦笑を浮かべる。

「女は男の背中で守られてろ、って言いたいが今回は仕方ねえな」
「……私は武士ですから。守られる側ではなく、弱きを守る側ですよ」

 眞里の中には男も女もない。ただ、武士となったからにはその力をもって弱者を守るべきである。それだけだ。
 淡々と語る眞里に原田は眉を寄せるが、眞里の真剣な色を孕む眼差しに口を噤んだ。
 場の空気を変える為、明るい口調で言おうとしたのとは違う言葉を選ぶ。

「ま、こっちが本命ならお前が槍を振らずに済むな」
「そうですね。……ですが、私はこちらが本命だと思いますよ」
「……そうだな。ま、どっちも本命に近いってことだな」

 次々と片づけられていく膳を見て、眞里は会話を打ち切ると片づけに手伝うべくそちらへと駆けていった。




 会津藩や所司代に連絡は行っている筈だったが、池田屋につき眞里と千鶴が周辺を走り回ってもその姿は見受けられなかった。

 眞里の予感は的中し、長州勢は池田屋で会合を行っていた。

「……こっちが当たりか。まさか長州藩邸のすぐ裏で会合とはなあ」
「僕は最初からこっちだと思っ
てたけど。奴らは今までも、頻繁に池田屋を使ったし」
「だからって古高が捕まった晩に、わざわざ普段と同じ場所で集まるか? 普通は場所を変えるだろう? 常識的に考えて」
「じゃあ、奴らには常識が無かったんだね。実際こうして池田屋で会合してるわけだし?」

 永倉と沖田は世間話のような軽い口調で話を続けていた。
 永倉と沖田はあまり緊張していないやりとりに千鶴が呆気に取られていると、戻ってきた二人に気づいた藤堂が駆け寄った。

「どうだった? 会津藩とか所司代の役人、まだ来てなかった?」
「はい……」
「この辺りには、誰も居なかったようです」

 藤堂は顔を歪めると舌打ちをした。

「日暮れ頃にはとっくに連絡してたってのに、まだ動いてないとか何やってんだよ……」
「落ち着けよ、平助」

 焦りを露わにする藤堂とは対照的に永倉は焦りを感じさせない笑みを浮かべた。

「あんな奴ら役に立たねぇんだから、来ても来なくても一緒だろ?」
「……だけどさ、新八っつぁん。オレらだけで突入とか無謀だと思わねーの?」

 落ち着きのない隊士、落ち着きはらった隊士。対照的な彼らを束ねる近藤の判断で身を隠しつつ援軍を待つことにした。

 池田屋に到着したのが、戌の刻。それから更に、亥の刻へと過ぎた。
 月の位置も傾ぎ、援軍の姿は見えない。

「……さすがに、これはちょっと遅すぎるな」
「近藤さん、どうします? これでみすみす逃しちゃったら無様ですよ?」

 その場の隊士の視線を受けて、局長近藤は静かに伏せていた瞼をあげた。そのまま隊士を見渡し、眞里と目が合うと静かに頷いた。頷き返した眞里を見て不意に立ち上がり、千鶴の肩を叩いた。

「雪村君、眞里君。少し、池田屋から離れていてくれるか」
「え……?」
「ここは危険だ。浪士が下りてくるかもしれん。……もっとも、逃がすつもりは無いがな」
「千鶴、私の後ろに」
「眞里さん?」

 静かに池田屋に向かう近藤の背中をぼうっと見ていると肩を引かれ、視界が眞里の背中で埋まる。
 いつ構えたのか、槍を左手に鋭い顔をしていた。

 再び視線を近藤に向けた時。
 鈍い音をたてて、近藤は池田屋へと乗り込んでいた。

「会津中将お預かり浪士隊、新選組。――詮議のため、宿内を改める!!」

 高らかな宣言に、静かだった池田屋に悲鳴が上がり、次いで走り回る音が続いた。

「わざわざ大声で討ち入りを知らせちゃうとか、すごく近藤さんらしいよね」
「いいんじゃねえの? ……正々堂々名乗りを上げる。それが、討ち入りの定石ってもんだ」
「自分をわざわざ不利な状況に追い込むのが、新八っつぁんの定石?」

 楽しげな三人の声は屯所に居るときのようで。しかし、張り詰めた緊迫感が現実を思い出させる。再び近藤が大声をあげた。

「御用改めである! 手向かいすれば、容赦なく斬り捨てる!」

 激戦の火蓋は切られたのだ。

***

ということでこの二人は近藤組で。

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薄桜鬼14

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 先行く斉藤の後ろを追いかけて廊下を歩く。一定距離まで追いついた途端に彼は足を止め、眞里を振り返った。

「斉藤殿?」
「支度が出来次第玄関で落ち合おう」

 支度も何も眞里にはないのだが、斉藤にはあるのだろうと思い静かに頷き、目の前に来ていた眞里と千鶴の部屋へと足を踏み入れる。
 斉藤が立ち去るのを足音で確認して、部屋の中を見回す。
 腰に下げるべき刀は既に下げているし、特に突出して持ち歩くべきものは見あたらない。

 外出するなら多少の金子を持って行くべきだろうが生憎と眞里には持ち合わせがない。
 副長補佐の返礼に渡すと言われたが、眞里や千鶴の替えの着物代にあててもらった為に無一文である。

 暫し考えるも何も思いつかなかった為に手拭いを確認して軽く身だしなみを整え直すと、玄関へと足を向けた。





 草履を突っかけたまま腰を下ろして斉藤を待っていると、原田と永倉が眞里を見つけたらしく大声で名を呼びながら傍らまでやってきた。

「おう、どっか行くのか?」
「外出禁止解けたのか?」

 矢継ぎ早の質問に気圧されて思わず口を噤むが、間が空き答えを求める視線に土方に千鶴と呼び出されたことを先に伝える。合点がいったのか原田と永倉は頷き合う。

「千鶴は一番組の巡察に同行して、私は非番の幹部の方とということで外出許可が下りました」
「なにっ!? 俺らも今日は非番だぜ?」
「……あー、もしかして」

 思い当たる節があるのか原田が頬を掻くと、彼らの後ろから斉藤が姿を表す。音もなく現れた斉藤に驚く原田と永倉を気にも止めずに草履を履くと眞里に向き直った。
 一見したところ、斉藤も何も変わっていないが部屋から何かを持ってきたのだろう。
 眞里が頷き返し立ち上がるとその肩を永倉と原田が掴み押し留める。

「もしかして斉藤と出掛けるのか」
「二人で逢い引きとはずりいぞ!!」

 振り払おうと思えば振り払える二人をどうしたものかと考え、斉藤に目配せすると彼は表情が薄いまま眞里の肩にしがみつく同僚を眺める。その静かな双眸には呆れが混ざって見えるのは気のせいではないだろう。

「非番の幹部に声をかけたが皆用事があると言われたと副長が言っていたが。用があるのだろう?」
「うっ……」
「……やっぱ、あれってそう言うことだったんだな」
「あれ、とは?」

 原田は罰が悪そうな顔をして、昨晩土方から今日の非番の予定を聞かれたことを話す。永倉も重ねるように、非番に仕事を言われるのかと思ったから用事があることにした、と溜め息混じりに白状する。

「まさかあんたとの逢い引きの権利がかかってるとは思わなかったな。ま、次の非番の日に楽しみに待つか!」
「そうだな、じゃあ斉藤。任せたぞ」

 原田と永倉に見送られ屯所を出発する眞里は一度振り返り二人の姿に一礼すると先を行く斉藤に追いつき疑問を口にした。

「外出されたいなら私を伴わずともよいのでは?」
「……そういった意味ではないだろうが……」

 ちらりと斉藤の視線を受けて、首を傾げる眞里の仕草を見て何かを理解したかのように頷き納得するとそのまま足を進むめる。続いて斜め後ろを追いかける眞里は、斉藤の口元がゆるりと笑みを浮かべていることには気づかなかった。
 隣に並んだ眞里へと一瞥した斉藤は既に表情を消していて、事務的な口調で眞里を呼んだ。

「あんたの外出では巡察では廻らない地区での聞き込みが主となる」
「それは何となくは予想済みです。京の地理には明るくないので道順は斉藤殿にお任せしても?」
「問題ない。何かあればすぐにオレに言え」

 小さく頷くと、斉藤はこちらだ。と囁くように告げると、巡察路では含まれない方へと足を向けた。
 つれたって歩く二人の姿が見えなくなった頃、一番組が千鶴を連れて屯所を発った。




 京の町に来るのは何度目になるだろうか。そんなことを考えながら眞里は茶屋から見える京の光景に昔を思った。

 陽が傾く前には屯所に戻らなければならなかったが、歩き回ったが大きな手掛かりは得られず。屯所に戻るかと踵を返した斉藤が立ち寄ったのは茶屋であった。
 持ち合わせがないと固辞する眞里を気にすることなく腰を掛けた斉藤は、二人分の茶と団子を頼むと先に出された茶を飲み一人人心地ついていた。
 頼まれた以上立っているわけにもいかずに眞里もまた腰掛けて人心地つける。

 京に来たその日に新選組に連れて行かれた為に、町並みをのんびりと眺めるのは初めてだった。

 以前に来たのは、まだ信玄公も存命の頃、幸村とやんちゃばかりしていた頃だ。
 見聞を広めてこいと、得物と僅かばかりの金子を手に幸村と共に武田を放り出された。その時に京を訪れたのだった。
 友を思いだし、眞里は思わず柔らかい表情が浮かぶ。お付きにと猿飛佐助と霧隠才蔵がついていたが、まさに珍道中というに相応しい見聞の旅だった。
 その時に訪れた京も、この様に暑い日が続く夏で、前田慶次が率いる京の人々が祭の夜を盛り上げていた。京の思い出は賑やかで疲れた記憶で埋もれている。何と勿体ないことだろうと苦笑が浮かぶ。

 ふと、視線を感じて意識を戻すと斉藤が眞里をじっと観察していた。

「斉藤殿?」
「何か不審なことでもあったか」

 何故、と尋ねると心此処に在らずといったように見受けられた、と答えが返ってくる。眞里が昔を思い起こしていたのを観察されていたようだった。
 またもじっと見てくる斉藤に否定の意を示すために緩く首を振る。

「町が賑わっているような気がしたので、昔見た祭を思い出しました」
「……確か祇園祭が近かった筈だ」
「祇園祭……?」

 なるほど、と眞里は納得して道行く人々を眺める。
 時代や世界が違っても、その時を生きる人々はやはり同じ人なのだと実感する。江戸にいた一年でも感じたことだが、訪れたことのある場所では殊更その実感は強くなる。

「甘い物は好きだったな」
「はい」

 確認の言葉に素直に頷く。此処最近は非番の幹部がよく土産と称して団子や甘味物を買ってくる。
 千鶴も眞里も好きなので素直に受け取っているが、あまりにもよく渡される。決して安い物ではないのもよく渡される為、余計なお世話だが彼らの懐が心配になる。

 斉藤は二人前の団子を目の前に置くと自分のを手に取り、皿ごと眞里の傍へと寄せる。
 短く礼を言い眞里も団子を手に取る。


 その後まったりと団子を堪能して屯所に戻った二人を待ち受けていたのは、長州間者捕縛。という大事だった。

 広間で幹部は待機と声を掛けられ、眞里も共にと言われそのまま斉藤と広間へと向かう。
 広間の襖を開けると、そこには土方以外の幹部や一部の監察方が揃い、沖田と千鶴は並んで山南から説教を受けているようだった。
 襖を開けたことで、室内の視線を集めるが斉藤も眞里も気にすることなく足を踏み入れる。どこに腰を下ろすか迷うが、斉藤が沖田の後ろに座った為、眞里も千鶴の後ろに腰を下ろす。
 途端、千鶴が顔を歪めて眞里を振り返る。

「眞里さんっ」
「千鶴、ただいま」
「おかえりなさい! 聞いて下さい、私……」

 悲壮感さえ漂う千鶴の説明を受けると眞里はお疲れさま、と妹分の頭を撫でる。

 千鶴は一番組の巡察に同行し、父親である雪村綱道の行方の聞き込みをしていた。何人かに尋ねた時、桝屋という店でそれらしき人を見たことがあると言われた。やっと見つけた手掛かりに喜ぶのも束の間、傍で一番組と浪士達との斬り合いが始まり沖田の傍を離れてしまう。
 裏道に入り、騒ぎが落ち着くのを待とうと思ったところで側にあった店主から中で待たないかと声を掛けられたところ、店内の客に新選組の沖田と共に居たと叫ばれた。結果、店内の客が逃げ出し大騒ぎになってしまった。そこへ沖田達が店内に乗り込み大捕り物が始まってしまった。
 桝屋からは大量の武器が発見され、桝屋の主人桝屋喜右衛門は長州の間者である古高俊太郎でありその場で捕縛された。

 千鶴の説明から要領を得たのか斉藤は暫し考え込むと確認を取るように山南を見つめる。

「……桝屋というと、泳がせていた?」
「ええ」

 肯定の答えに、また暫し考え込む。誰も発言しなくなった為に訪れた沈黙に堪えかねたのか千鶴があの、と小さな声をあげる。

「私が悪いんです……」
「君への監督不行き届きは、誰の責任ですか? 一番組組長が監視対象を見失うなど……。全く、情けないこともあったものですね?」

 千鶴の弁明は山南の冷えた視線と正論で真っ向から潰された。一瞬の鋭い眼光に千鶴は俯くが、反対に沖田は苦々しい顔で腕を袖に入れている。
 永倉も鋭い視線で沖田を見ているが、他の者達は一転苦笑いに近い表情である。

 運がなかった。その言葉で片づけてしまいたくなるような出来事だったらしい。


 しかし、山南の辛辣な物言いは若干刺々しすぎる。
 大坂での負傷以来、見かけは穏やかな物言いだった山南は厳しさや荒々しさが目立つようになった。

 片腕でも器用に生活していた眞里を何度か尋ねてきていたが、半年程度の月日で眞里の様に器用に振る舞えるはずもなく。力に成れず申し訳なく思っている眞里だったが、この様な物言いを真っ正面から聞くと眉を寄せたくなる。

 その時、廊下に足音が響き静かに襖が開かれ土方が姿を現した。吹き込んだ風に乗って漂う微かな血の臭いに眞里は目を伏せる。

「外出を許可したのは俺だ。こいつらばかり責めないでやってくれ」

 怒りも焦りもなく、穏やかな声に山南は苦笑を浮かべたが、苦言を飲み込み口を閉ざした。
 土方が上方に座るのを待ち、一瞬の静けさが広間の空気を変えた。

「土方さんが来たってことは、古高の拷問も終わったんですか?」

 原田の言葉に土方は平静そのままの表情で頷く。

「風の強い日を選んで京の都に火を放ち、あわよくば天皇を長州へ連れ出す――それが、奴らの目的だ」

 静かな凛とした声が広間に響いた。


***

いったん切ります。
斉藤さんとデート!!
団子を食べて思い出すのは、幸村との思い出。

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 眞里は土方の部屋で書状を纏め上げると処理済みの山に積み重ねた。
 座った姿勢のまま振り返り、黙々と書を認める男の背中を眺めて幾許か考えると静かに気配もなく立ち上がる。部屋の隅に置かれていた急須に冷めてしまった湯を注ぎ、湯飲みに茶を淹れる。

 湯飲みを盆に乗せると再び立ち上がり、筆を置いた男の横手に湯飲みを静かに置く。

 眞里の手と湯飲みを置く音でようやく気付いたのか男――新選組副長、土方歳三は眞里を振り返る。

「終わったのか」
「はい、一通りは。そろそろ一息入れませんか?」
「……ああ」

 紫苑の双眸から剣呑な色が瞬きの間に消える。整った顔立ちの土方だが、その顔に疲れが浮かんだまま数日が経っていた。

 季節は夏。
 眞里が土方の仕事の簡単な手伝いを始めて一月が経っていた。

 きっかけはもう覚えていない。小さなお節介からだったか、何だったかは分からないが、結果として眞里は土方の小姓の様な役割をこなし始めている。という現状認識で足りる。

 朝や夜の食事担当は気づけば千鶴が担い、眞里は剣術槍術指南と副長の補佐擬き。平隊士の中ではそのような扱いだった。

 ぬるい茶を飲み干すと、土方は眞里が終えた仕事の山を見る。
 書を試しに書かせれば、武家の跡取りとして育てられた為か達筆であり、学もある。武に一辺倒かと思いきや、勘定方のような仕事も一通りはこなす。
 何より、仕事を任せた際に安心感が先に立つ。

 生きた時代が古いためか、学は古いがそれでも幹部達よりよほど役に立つ。何より誰より気が利く為傍に置いておくと楽に仕事が片付く。

 新選組の内部の仕事は土方がほぼ統率している。新選組に深入りさせないためには手を借りるべきではない。それは分かっているのだが、首が回らなければどうにもならない。
 近藤からの薦めと、眞里本人からの申し出により土方の補佐の様な仕事を行うようになった。

 眞里を補佐に据えた出来事を思い出しながら眞里へと視線を投げる。静かな顔で湯飲みを膝に乗せた両手に持ちながら外を眺めていた。

 普段は男装しているからか、人目のつく場所での振る舞いは『男』そのものである。やはり、生きてきた年数の大半を男ばかりの軍で生きてきたからだろうか。
 だが土方の傍らで補佐擬きをさせていると、ふとした瞬間の仕草で、こいつも『女』なのだと思わされるときがあった。
 人が大勢居るときは無意識に、男と見せる仕草をしているが、気を許しているときはやはり本性が先にでるようだった。

「流石は武田信玄の小姓をしてただけあるな」
「小姓と言っても名ばかりでしたよ」

 笑いが含まれた声に土方を振り向かない眞里の顔へと視線が向く。
 無に近い表情で庭を見ていたその顔に、複雑な感情が浮かぶ。嘲りと、懐慕、哀惜。それに近い色に瞳が翳る。

「御館様の所に居た頃は毎日が修行でしたから。嫡子としての教育と……あとは」
「あとは、何だ」

 続きを問うと、懐古したのか柔らかな笑みを浮かべてそっと目を伏せた。

 平隊士の目がないとき、刀を握る必要がないとき。それらの時は眞里は、普段と印象ががらりと変わる。歴とした年頃の娘なのだと、改めて思い知らされる。

「お目付役の忍の目を盗んで毎日のように街に行って、茶屋巡りをしたり、時には幸村に付き合わされて奥州まで行ったり」
「奥州だぁ?!」

 ちょっと出掛ける。にしても遠出過ぎる目的地に土方は目をむく。土方の反応も予想通りだったのか苦笑いで応えると、遠い目をしてどこか懐かしむ表情を浮かべた。

「武田は奥州伊達と同盟関係で、筆頭の伊達政宗殿と幸村は良き好敵手でしたから。文で呼ばれると喜んで飛び出していきましたよ」

 私も巻き込んで、とくすくすと笑いながら眞里はそのときを思い出す。
 巻き込まれていっても、自分は伊達領を見学させて貰ったり、片倉の畑の手伝いや、成実と街を散策したりと眞里なりに楽しんでいたのだが。

 土方はそんな眞里を眺めながら自身も気づかぬうちに優しい目をしていた。
 保護という名目で新選組に置かれた二人には窮屈な思いをさせているのは重々承知している。そのことに二人が不満を一切口にせず耐えていることも。
 千鶴もようやく隊士達と馴染んできたし、毎日の食事もまともなものが出るようになった。
 眞里の稽古指南という無理矢理作られた役も、よく機能しており、伸び悩む者で自棄になる者も減った。
 加えて眞里は土方の仕事の補佐もそつなくこなしている。

「(――潮時だな)」

 土方は深く息をつくと眞里を呼び彼女の意識も土方に向けさせた。
 和らいでいた空気から少し緊張感のある空気へと変えると眞里は静かに言葉を待っていた。

「意見を聞きたい」

 相槌を求めていないことを理解した眞里は小さく頷いた。

「綱道さん探しも行き詰まってきた。お前らを半年も待たせちまったが……。雪村を巡察に同行させる。立花。お前はどうする」

 千鶴を巡察に同行させる。それに対して叛意はない。むしろ賛成である。そしてそこに眞里を含ませないのは恐らく土方なりの配慮だろう。
 指南役として座しているために眞里が隊士だと思っている平隊士は多い。その誤解は敢えて解かれずにおいている。
 しかし巡察に同行すれば、眞里は隊士と共に微塵の躊躇もなく鯉口を切る。
 そのことは土方の避けたい処であり、近藤も許さない。

「出来れば私も綱道殿の捜索を手伝わせていただきたいのですが、手段は土方殿にお任せいたします」

 監視ありでも、特定人とのみの外出でも構わない。
 その意を含めた解答に土方は予想通りだったのか、深く息を吐くと視線を逸らす。

「……昼の後にもう一度呼ぶ。それまで休んでろ」





 昼の後、千鶴と共に土方に呼ばれた眞里は広間に沖田、藤堂、斉藤が座していることに内心首を傾げながら静かに腰を下ろした。
 襖が閉じられたのを見て、腕を組み、目を閉じていた土方は静かに二人を見据えると口を開いた。

「てめぇらに外出許可をくれてやる」

 眞里は朝のやりとりがあったためにああ、やはり。と納得しただけだが予想できていなかったらしい千鶴は驚きに目を見開いている。
 反対に幹部三人のうち沖田と藤堂は納得したように頷き、膝を打つ。

「なーるほど。だから俺たちが呼ばれた訳ね」
「雪村は市中を巡察する隊士に同行しろ。隊を束ねる組長の指示には必ず従え」
「はい!」

 途端に破顔した千鶴に藤堂は優しい眼差しを浮かべる。眞里も軽く千鶴の頭を撫でる。

「総司、平助。今日の巡察はお前等の隊だったな」
「でもさ、土方さん。俺の隊は今日は夜の巡察担当だから、昼の担当の総司の一番組の方がいいと思う」
「夜より昼の方が安全っていうのは僕も同意見かな」

 でも、と悪戯の様な光を宿した瞳を輝かせると沖田は千鶴を見て冷たく笑う。

「逃げようとしたら殺すよ? 浪士に絡まれても見捨てるけど、いい?」

 冗談に聞こえない冗談を笑顔で言う沖田に千鶴の背筋に冷たいものが走る。
 萎縮してしまった千鶴の様子を見てか、土方は深く苦々しい息を吐くと沖田を睨みつける。

「いい訳あるか馬鹿。何のためにお前に任せると思ってんだ」
「あはは、冗談ですよ」
「冗談に聞こえる冗談を言え」

 斉藤の素っ気ない言葉に沖田はやだなぁ、とからからと笑う。
 言いようのない空気に千鶴は固く手を握り袴を掴む。
 千鶴は千鶴なりの決意を固めそれを彼らに告げる。決して逃げずに父である綱道を探す。そのために新選組の力を貸して欲しいと。

 真剣に頭を下げる千鶴に、沖田も意地悪な発言についての非を認めたのか困ったように微笑みを浮かべる。

「ごめんね、少しからかいすぎたかな。でも、何が起こるか分からないのは本当のことだから。そういう危険を承知でついてくるっていうなら僕の一番組に同行してもかまわないよ」

 ありがとうございます、と再び頭を下げる千鶴に若干の緊迫した空気は収束を見せた。土方は苦々しく思い息を吐くと厳しい顔つきで眞里と千鶴を見る。

「長州が不穏な動きを見せてやがる。本来ならお前等を外に出せる時期じゃない」
「ならば何故許可を?」

 じっと言葉を噤んでいた眞里の言葉に土方は決まりが悪そうに視線をそらす。

「江戸の家にも帰ってないらしいし、京の町中でも綱道さんらしい人を見たっていう証言も上がっている」

 それに、と言葉を切る土方は静かに瞳を閉じる。その怜悧な顔に一瞬、優しい色が浮かぶ。しかし、すぐに消えてまた厳しい顔へと戻り今のは幻を見たのではないかと思えてしまう。

「半年近くも辛抱させたしな。機会を見送り続けた処でこれ以上の進展も望めねえだろう」
「それに今は腹を壊してる隊士も多いしなー。オレらも万全の状態じゃないし」

 茶化すかのような藤堂の声に土方は渋面を濃くする。
 この夏、京は猛暑に襲われていた。いくら強者曲者揃いの新選組も自然には勝てなかったらしい。多くの隊士が猛暑に伏せって居る。
 だからこそ、眞里も土方の手伝いで部屋に籠もっていた。土方の部屋は比較的涼しかった為に体調を崩すという事態には至っていない。

「とにかく、俺は許可を出してやる。行くか行かないかは雪村。お前が判断しろ」
「はい」

 そう言いつつも土方は反対なのだろう。
 考え込むように俯く千鶴から眞里へと視線をやると斉藤を見て渋面のまま頷く。

「立花、お前は巡察には同行するな。非番の幹部を連れてなら許可する」
「土方さん、今日はオレということで宜しいのですか」
「他の非番の奴らは予定があるらしいとかって言われたからな。斉藤も用事があるなら他を当たるが」

 土方の言葉に考える間もなく斉藤は用事はないことを告げると、眞里を呼び静かに退室した。
 土方に目線で促されて眞里は、慌てながらも微塵も感じさせない動作で立ち上がると斉藤の後を追いかけた。

 一連のあまりにも早い展開に千鶴と藤堂が目を丸くする中、沖田が笑いを含んだ声で土方を呼ぶ。

「何で眞里ちゃんは幹部だけでいいんですか?」
「分かってて聞いてくんな」
「嫌だなあ。とりあえず、剣の腕ってとこかなとかは思いますけど」

 藤堂は納得したように手のひらを打つが再び疑問が浮かんだのか首を傾げる。
 確かに眞里の腕ならば、幹部一人と出歩いても不測の事態には対応できるだろう。

「確かに眞里の腕なら護衛なんていらねえけど、なら一人でもよくない?」
「一人で行かせてどうする」
「……あ、そっか」

 目の前で弾む会話について行けずに千鶴は目を白黒とさせるが、やがて息を飲むと沖田へと向き直り。

「沖田さん」
「ん? 決めた?」
「はい。……よろしくお願いします」

 静かに頭を下げた千鶴に沖田は同行の許可を再び告げて静かに立ち上がる。藤堂も同じように立ち上がると、千鶴にも立ち上がるように促す。
 連れたって退室する二人を見送り、土方は深くため息をついた。


**

気づけば、庖厨と副長室を手玉に取っています。末恐ろしい子!

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