TOS・TOA・彩雲国物語等の名前変換小説の小ネタを載せております。
感想・意見・質問ございましたら各記事のコメント、もしくはサイトにてどうぞ。
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デフォルト名:水無月マツリ
ナルトはここ最近、楽しいことを知った。
ナルトは親を知らずに育った。里の者には変なものを見るかのような視線を向けられ、差別される。
他人とは恐怖の対象であったナルトを変えたのは二つ年上の少女だった。
アカデミーで悪戯をしては無視をされ、けがをしても誰にも手当てされない。そんなことが当たり前だったある日、ナルトが思い切り転んだ先に居たのがマツリだった。
顰めっ面でナルトを見てくるマツリにこいつも罵声を浴びせてくるんだろうとナルトは顔を同じくしかめた。
けれどマツリはナルトの傍へとつかつか歩み寄るとその腕を掴みそのまま引きずっていった。
知らない部屋へと引きずり込まれナルトはマツリの腕を振り払った。
「何するんだってばよ!!」
「何ってこっちのセリフよ!! 転んで膝擦りむいたら手当しないで何するの!!」
怒鳴りかえされたナルトは呆然とマツリを見返した。しかしマツリはナルトの用紙は気にせずに椅子に座らせると棚から色々取り出して治療を始める。
「膝擦りむいただけなんて舐めてかかっちゃダメよ。破傷風って怖いのにかかるんだから。怪我したら小さな傷でも医療室に来る。分かった?」
「……でもよぅ」
「デモもストもないの。分かった?」
ナルトは渋々頷く。金髪が俯くのを見るとマツリはにっと笑いナルトの髪をクシャクシャに撫でた。
撫でられた頭を照れくさそうに触るとナルトは「ありがとうだってばよ!」と叫ぶと医療室を後にした。
それ以来、怪我をした時は医療室に向かうようになったが、何回かの割合でマツリに出逢えることを知ったナルトはマツリが居る日だけ医療室に行くようになった。
「マツリねえちゃん、居る~?」
「まーた怪我したの?」
「ウシシシッ、これは男のクンショウって奴なんだってばよ」
頬に絆創膏を貼り付け、得意げに笑うナルトの額を手加減なしに小突くと不意打ちだったからかナルトは完全に涙目になった。
しょうがない奴め、と笑いながら時計を見るとマツリの勤務時間の終わりをさしていた。
「ナルト、今日この後あいてる?」
「この後~? 帰るだけだってばよ」
誰も待つことのない部屋に。寂しさを漂わせる室内を思い浮かべ、ナルトの心は沈んだ。
マツリに会うようになって外に出る楽しみは出来たが、楽しい分帰るのはとても寂しい。
「今日はね~、特別な日なんだよ」
「特別な日?」
「そう。だからね、ナルトをうちに招待しようと思って!!」
ナルトはマツリの言葉の意味を理解すると期待に目を輝かせるが、里の大人がナルトを見る目を思い出し沈んだ。
『あの子と遊んじゃ駄目って言ったでしょ』
ナルトと遊んだ子は親にそう言われて二度と遊んでくれなくなる。
「親もナルトの話したら是非連れてこいって、だから来てほしいんだけど……いや?」
「い、いやなんかじゃないってばよ!!」
悲しげに眉を下げるマツリに慌てて首を振ると、マツリはにかっと笑うとナルトの腕を取ると駆け出す。突然の展開に目を白黒とさせるナルトにマツリは笑顔だけ浮かべる。
「じゃあおいで」
やんわりと強引に連れて行かれたナルトを待っていたのは笑顔で迎え入れてくれたマツリの両親だった。
「ナルトとお友達になって一年目だからお祝い!!」
冷たい目や化け物をみるように見られるのは嫌なことであり、慣れはしない。
けれどどこか耐性のようなものはついていた。だが、心に灯りが灯る優しさは慣れるものではない。
泣き出してしまったナルトと慌てるマツリの二人を見て水無月夫妻は、亡き後輩夫婦を思った。
***
うまくまとまらなかった……!
[1回]
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デフォルト:立花眞里
※連載終章後の設定で原田×眞里、沖田×千鶴描写があります。
※連載のネタバレになります。ご注意を。
ふと、衣が舞う合間の空を見上げた。
白妙の衣が映える青空で、雲一つない。
幼い頃は空など見上げず、刃を握り前ばかり見据えていた。御館様の御為に。打倒佐助を掲げ、幸村と切磋琢磨した日々。
ちらつく太陽の眩しさに目を細め、乾いた風に髪が靡く。
こうして空を眺めるようになったのは、江戸に来てからである。それまでは空を見上げることはしなかった。
気づけば、二百年先の世に居て。違和感ばかりの時代。
けれど、眞里は武士として時代の移り変わりを駆け抜けた。ただ、それだけで満たされた。
刃をふるうことが存在意義になっていた。何故、刀を振るうのかを忘れそうになっていた。そんな時に千鶴と出会い、年を挟んで新選組と出逢った。
何故、刀を振るうのか。
何かを守るために振るうのだということ。
それは、民の命であり、平穏であり、誇りでもある。
「……御館様、眞里は今。刀を置いております」
武士であることを捨てられない眞里が、愛おしいのだと言ってくれる人がいた。
刀をおいても眞里であり、それは変わらないと。
「御館様はいつも私を案じてくださっていましたね……。ご安心ください」
眞里が生まれた場所の先の世ではないが、空は同じだと思ったら眺めずにはいられなかった。がむしゃらにかけぬけた大地の上にあった空と、江戸の上に浮かぶ空は同じだと。
「おーい、眞里?」
「はい」
呼ばれた名に振り返れば、室内から彼が顔を出す。下駄のままであるから縁側の傍まで寄れば彼も縁側まで出て目線を合わせるように屈む。
「どうかされましたか、左之助殿」
「ああ、そろそろ総司達が来るんだが俺は何を手伝えばいいのかと思ってな」
どこか擽ったそうな笑みを浮かべる左之助に眞里は少し考える。
幕末の動乱を生き抜いた眞里と左之助は、祝言を上げ夫婦となった。東北の街中に道場を構え、眞里は刀を置き奥方として振る舞っていた。だがたまに(たまにというが三日に一度)木刀を手に、左之助の門下生を叩きのめすときもある。
そんな二人の元に文が届いたのは数日前で、差出人は千鶴であった。
「支度は整えてありますから、あとは迎えるだけです。お気遣いありがとうございます、左之助殿」
「……やっぱいいよな」
「左之助殿?」
幸せそうな笑みに手招きされ首を傾げながら身を乗り出すと、力強い腕にすくいあげられあぐらをかいた彼の腕の中にいた。
「左之助殿?」
「……俺は、お前にそう呼ばれるのが好きだな」
「そうですか?」
好きも何も、そう呼ばなければ返事をしてもらえなくなった為に必然的にそうなったのだが。
抱え込まれた体制のまま目線を上げて左之助を見上げる。
夕焼けのように見事な赤毛は、どこか懐かしさがこみ上げる。
眞里の目が優しげに細められるのを見て、左之助は彼女が武田を思い出していることを知る。
京で新選組として活動しているときから、時折寂しげに瞳を揺らしてどこかを見つめる眞里を見てきた。不自由な身であることに浮かべた色だと、そのときは思っていた。
しかし、眞里の過去を知り。もっとたくさん知りたくなって、彼女を少しずつ知っていくうちに哀惜や郷愁であることを知った。
奇跡が起こらない限りもう見(まみ)えることのない人々、踏むことない大地、交わることのない視線、交わすことのない刃。
それらを贈ることは出来ないけれど、新しい幸せの形を彼女と築くことが出来ればと願った。
願って、願って。そして諦めて。でも諦めきれずに願って。
そうして手に入れたこの幸せ。この、眼差し。呼ぶ声も左之助のもの。
「……来年は、伊予の桜を見に行かないか」
「はい」
優しさと幸せを浮かべた瞳に映るのが自分だということに幸福を感じる。
***
左之さんとのんびりほのぼのしてるのを書きたいなぁと最近思っていて。
本編はプロットを組み立てても中々左之さんが動かなくて……。というより左之さんが動かないと眞里は土方さんと一緒に蝦夷まで行って果てるか、斉藤さんと一緒に会津に残って果てるかしてしまうので。ようはキャラクターがそれぞれ動かないと薄桜鬼のノーマルルートを辿ってしまいます。
ほのぼの甘はかなり先まで行かないとかけないことに気づいたので、そんなときの小ネタ日記。とりあえず沖ちづです。
ただ千鶴ちゃんは斉藤さんルートでも良い気がします。
[4回]
虹の向こうに
デフォルト名:春日綾音
014:痛み
「望美ちゃんはそんなことしないよ」
幼なじみの男の子は姉のことが大好きだ。
小さな頃からわたしは、一人の姉が大好きでやることなすこと何でも「おねえちゃんと一緒がいい」が口癖だった。
似た顔をして、似た髪の色。いつも笑顔で喧嘩も強い姉が大好きだった。
だから幼なじみでもあるお隣の兄弟の弟の方が姉のことを好きだということを知ったときも誇らしかった。
誰にでも好かれる姉。みんなにかわいがられる姉。みんなに大切にされる姉。
誇らしくて大好きで、同じことをしていれば私も同じになれると本気で信じていた。
「綾音は、いつもお姉ちゃん、お姉ちゃん、だな。綾音もたまには望美と違うことしてみたらどうだ?」
そんな時、お隣の兄弟の兄の方、姉と同じ年のおみ君にそんなことを言われた。
たまには違うこと。違うことって何だろう。
違うことが分からなくて、分からないことが悔しくて、だからいつも「おねえちゃんと一緒がいい」と言っていたことで違うことをしてみた。
髪型を変えてみたり、一人でお散歩に行ってみたり。
今まで見てこなかったものが見えてきて、なんだか楽しかった。
だから今までの自分にさよならをするつもりで中学にあがると同時に髪の毛を切ってみた。お母さんにも勿体無いと言われたけど、でも新しい自分が見えた気がした。
「望美ちゃんならそんなことしないのに」
そんなとき、ゆず君に言われた一言がショックだった。
私は、春日綾音であって、春日望美じゃないのに。
何で、違うことをしたらそんな風に言われなくちゃいけないのか分からなかった。
俺には幼なじみの姉妹がいる。姉は俺と、妹は俺の弟と同じ年だ。
俺達兄弟は全く見た目に共通点はないが、姉妹はやたらそっくりだった。
小さい頃は馬鹿の一つ覚えのようにずっと一緒に育った。弟と譲は、姉妹の姉の方、春日望美に長いこと片想いしている。
そのこと事態は弟、譲の問題なので俺には関係ないが、どうやらオトシゴロというのか、譲は綾音への接し方が分からなくなったらしい。
なんでも望美とお揃いにしていた綾音が、自分探しを始めたのも要因かもしれないが。
その影響かは分からないが、中学に上がった途端に、綾音は徐々に俺たちに寄りつかなくなった。
望美の方は年が上がっても変わらず昔のようにべたべたと引っ付いてくるが、綾音は必要以外寄り付かない。
時節の挨拶に行くか、用事を言いつけられるかしない限り、うちの敷居をまたぐことはなかった。
思春期なんてそんなもんか、と思っていながら俺と望美は近くの高校に入学した。
その近辺の中学生はだいたいがそこに通うのだから、綾音も譲も受けるのだろうと思っていた。
だが、あいつらの母親に相談された時にようやく知った。
綾音が県外の高校を受けようとしていることを。
長い通学時間も寮暮らしも厭わないという綾音の意見は尊重したいが、やはり心配だからせめて近場にしてくれるように説得してくれ、と言われるまで当たり前のように疑ってなかった。
「なあ、綾音。俺らのこと嫌いか?」
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描写する100のお題(追憶の苑)
[7回]
デフォルト立花眞里
元治元年八月。
新選組隊士の新規募集の為藤堂が江戸へ上ることとなった。
江戸、雪村邸周辺の地図を藤堂に渡し、千鶴と眞里は彼を見送った。一月後には近藤も江戸へと向かう。
幹部の中で一番年が近く、千鶴にはいつも笑顔でいた藤堂の姿が見えなくなるだけで千鶴の笑顔の回数が減っていることに眞里は気づいていたが特に言及はせずにいた。
そんな夏が過ぎていく日。
稽古場で原田と仕合っていた眞里を山南が呼び止める。
原田の木刀を押し返し、眞里は原田に一言断ると山南の下へと足を向ける。
腕の怪我を期にめっきり稽古場に顔を出さなくなった山南を一般隊士たちは敬遠していた。人当たりの良さはなりを潜め、厳しい物言いになっている為幹部以外の反応は仕方がないといえるものであった。
そんな彼が師範代を呼び止めるのを見て隊士たちは何事かと意識を二人へと向けた。
「立花君は片腕でも刀を握るのは支障はないと言っていましたが……」
「はい」
「どのようにして鍛えていたのかもう一度お聞きしても?」
眞里は珍しく困ったように言葉に詰まった。何故なら以前にも山南本人や、土方や近藤等からも尋ねられた内容であり、彼らの反応を見る限り参考には到底ならないことが分かっているためである。
「山南殿、私の答えは以前と変わりません」
「……そうでしたね、すみません。稽古を続けていただいて結構です」
苦笑を浮かべて山南は背中を向けた。その背中が見えなくなった頃合いに稽古場に休憩を言い渡した原田が眞里の隣に並ぶ。彼の物言いたげな視線を受けて、眞里は縁側へと原田を促した。
「簡単に言ってしまえば、片腕を両腕並の力を使えるように鍛えればいいだけの話なのですが……」
山南に答えなかった内容を聞きたがった原田に眞里は苦笑混じりに答える。
眞里が鍛えてきた年月と彼らは大差はない。しかし、経験や内容が異なる。
眞里は武将であり、戦場を駆け抜けていた。刀と槍を同時に扱うためにはそれ相応の努力を惜しまなかったし、いかな状況でも生き残れるようにすべを身につけてきた。
「それにしても、眞里はいつから刀握ってきたんだ?」
「……物心つく前からですね」
武田の御為に。その言葉の通り真っ直ぐ突き進んだ十数年。それ以外の生き方は知らない。
原田は眉を少し寄せると眞里をじっくりと眺めた。
千鶴と違い、男装は板についている。刀も槍も負けなしである。洞察力も優れ、指導力もある。加えて、炊事もこなせるという器用さを垣間見せられる眞里の生い立ちは謎に包まれていた。
原田の視線に眞里は、話そうか話すまいかを逡巡し、周囲の気配を探る。誰もいないことを確認すると、原田殿。と声をかける。
「……荒唐無稽な話と思われるかもしれません。どう思われても私は気にしませんが、話を聞いていただけますか?」
「お前のその強さの秘密ってぇことなら知りたいけどな。でもよ、土方さんや近藤さんは信用したんだろ? なら、俺も信じるさ」
目を瞬くも、すぐに甘やかな笑みを浮かべた原田の言葉に眞里は面食らう。しかし、どこか気が抜けたように表情を弛めると、静かに話し出した。
「私は今の世よりも数百年も昔、戦国の世で武将として生きて参りました」
武田に仕える立花家の末娘であると同時に嫡子として育てられ、一軍を任せられる武将とまでなれたこと。真田幸村と共に、切磋琢磨し合い戦場を駆け抜けたこと。
信玄が亡くなり、坂道を転げ落ちる武田の行く末を嘆き参戦した長篠合戦での出来事。
淡々と語り、話し終えた眞里はゆっくりと原田に視線を向けた。
彼は、言葉をなくしてその場にいた。眞里はその反応を気にすることなく続ける。
「目を覚ますと千鶴が泣きそうな顔で微笑んでいました。……私は火傷の重病人でかつぎ込まれたそうです」
「……火傷?」
視線が自分を捉えたのを感じ、眞里は袖を捲る。怪我の治りが早いため大きな跡は残っていないが、うっすらと名残は見える。彼が息をのむのを感じて、お目汚し失礼しました、と非礼を詫びて袖を戻す。
「……なるほどな。眞里が強ぇ訳がはっきりした。戦国の武将なら、場数は俺らよりも上だな」
「はい。初陣は十四でしたし」
「…………一つ、聞いてもいいか?」
眞里は小さく頷く。原田は若干躊躇うように言葉にならない何かを呟くが、やがて小さく咳払いした。
「女として生きていきたいと、思ったことはなかったのか?」
眞里が予想していたのとは全く違う言葉に、返答をなくした。思わず反芻するように、同じ言葉を呟く。
「女として……ですか」
「ああ。武将として生きてきたのは成り行きだろ? 綺麗なべべ着て、嫁いで子供生むってことをしたいとは思わなかったのか?」
即座に首を横に振る。
確かに眞里の年頃の娘は嫁に行き、女としての道を進む。姉たちもそうであった。しかし、眞里は武将としての自分しか知らない。友たちと戦場を駆け抜け、拳を合わせ。
「武田の……御館様の御為に、私はそう思い成し遂げるために槍や刀を手にしてきました。武将の幸せは知れども、女子(おなご)の幸せなど考えたこともありません。嫁がれた姉上方を見ても自分がそのような生き方をするというのも想像できませんでしたし……」
「そうか……。悪かったな、変なこと聞いてよ」
「いえ……、私も長い話をおつきあいくださりありがとう御座いました」
ふ、と微笑する眞里を眺めると原田は照れ臭そうに頬をかく。廊下の奥から呼ばれる声を聞くと眞里は立ち上がり、一礼すると背を向けてその場を立ち去った。
細い背中が消えるのを見て原田は深くため息をついた。
「……そうか。俺らよりも腕がたつはずだよな」
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伊東さんを入れようか悩んだあげくワンクッション
[2回]
デフォルト:黄有紀
男装:黄瑛玉
※サイトでは未アップの清和の風の時間軸です。
「黄官吏」
呼び止められて有紀は足を止めた。手には鳳珠に積まれた冊子の山が乗っているためにゆっくりと慎重に振り返る。
「欧陽官吏」
工部所属。時期侍郎と呼ばれる欧陽玉が楽しげな笑みを浮かべて立っている。彼ほど見た目が賑やかな人はいないだろうと有紀は思う。
耳環に指環や腕輪をじゃらじゃらと身につけているがそれが彼のために存在しているように似合っている。
冊子に行動が制限されるために、申し訳なく会釈で済ますと彼は鷹揚に微笑むとつかつかと有紀の目の前まで歩いてきた。歩き方も優美である。これで、工部でも一二を争う酒豪だというのだから驚きである。ーー彼の仕事ぶりを見ていれば驚きも何もないのだが。工部は尚書が酒瓶片手に執務をこなすために、酒気に耐性がなければ官吏が勤まらない。
「辞める、というのは本当ですか?」
この言葉も何度聞いたかわからない。辞めるかもしれない。そんなことをこぼしたのは絳攸だけの筈なのに、一部の官吏には既に伝わっている。
あくまでも可能性である。しかし、遠くない未来有紀は官吏を辞める時が来る。官吏に女はなれない。それは不文律である。明確な法があるわけではないが、だが女人は国政には参加できないのが彩雲国での常識であった。更に言えば不文律といえども、法である。慣習法と言うべき見えない壁が立ちはだかるのだ。
女人の有紀がこの場で、官服を着て、出仕しているのは本来できないこと。だから、確実に男装のボロが出始める前に辞めるつもりでいた。
そんなことをおくびにも出さずに有紀は首を傾げてみせる。
「どなたからそのような?」
「若い世代で真面目に仕事をしている者達は皆そう言っていますよ。最近の貴方はよく遠い目をしている。辞めていく者は皆そういう行動をよくとりますからね」
納得がいった。
官吏になってみて、なったのは成り行きというか勢いが八割方の理由を占めていたが、残り二割は官吏への興味もあったのだ。
彩雲国の国政の中心はどのような場所なのかと。同時に、この馬鹿げた内乱もどきに朝廷がどのように機能しているのかも。
「そうですか……」
「で、どうなのですか?」
「……迷っています」
今、自分がどうするべきなのか。ここにいても有紀にはやれることはない。出世して国を変えるということも出来ない。出世できる頃にはボロが出るだろう。だが、野に降りたところで有紀に出来ることはたかがしれている。
そして、今朝廷を去ることは鳳珠を支える役目を放棄するということである。有紀一人が鳳珠を支えているわけではない。むしろ支えになっているかも怪しい。けれど、有紀がいれば鳳珠はぎりぎりまで無茶はしない。……否、無茶は無茶でも捨て身の無茶はしないのだ。
「迷っている。……そう言っていますけど、私にはもう既に決めているように見えますよ?」
「決めている……?」
「ええ。迷っているのは『選択』をではなくて、『時』でしょう。いつ切りだそうか、と」
「……そうかもしれません」
有紀は目を見開いて玉を見つめた。彼は優しい笑みを浮かべて、耳環を指で摘む。些細な動作ですら優美で、生まれながらの貴族というのはこういう人をいうのだろうと心の片隅で思う。
玉は自然な動作で有紀の手から本を七割取り上げると有紀に背を向けた。慌てて有紀が追いかけると、彼はどこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「黄官吏、私は止めませんよ」
「……はい」
引き留めるに値する仕事をしているとは思えていないために、神妙に頷く。けれどどこか寂しかった。絳攸ほど有能ではないが、自分なりに頑張っていた筈である。玉も、陽修も有紀のことをほんの少し目にかけてくれているように思っていたのだが。
しかし、玉は優しい声で続けた。
「もし辞めた時は、貴女の本当のお名前で私に文を下さい。心待ちにしています」
「……え……」
思わず足を止める。
今、彼は、なんと言った?
足を止めた有紀にすぐさま気づいた玉は二歩進んだ先で立ち止まると振り返る。その端正な顔には楽しげな色が浮かんでいて、その透き通った瞳に見透かされそうだった。ドクリと、心臓が跳ねた気がした。
「どうしてと言いたげですね。ですが、言葉にしないのは正解です。あんなトリ頭達と一緒にされては困りますね。この欧陽玉、美しいものへの審美眼はまだまだ曇る予定はありませんから」
早く行きますよ。我に返ると有紀は慌てて玉を追いかける。彼は本当に楽しそうで、まるで鳳珠談義をしたときのような楽しさが浮かんでいる。有紀は混乱する頭で何を言うべきなのか考えた。
ぐるぐると回る頭で、考えついた答えは自分でもひどいと思うものだった。
「私、欧陽官吏のご自宅知らないです」
後は自分でやると言っても取り合ってもらえず、高い場所の本を率先してしまってくれる玉にそれ以上何も言うまいと黙々と本を所定位置にしまう有紀を見て、玉はくすりと喉を震わせる。
「なら、今から文通でもはじめましょうか。楽しみにしていて下さい」
その後有紀は、「黄瑛玉」ではなく、「黄有紀」として玉と文のやりとりをするのが日課となった。それは旅に出かけた時も同じであり、旅先から出すときもあれば、貴陽に居るときだけ出したりもした。時折旅先で珍しい工芸品を見つけては玉にも送ったりとする有紀に、玉はお礼と称して装飾品を贈った。
分不相応すぎると固辞する有紀を言葉巧みに誘導しては、きちんと受け取らせるため、有紀の私室には一定の頻度で装飾品が貯まっていった。そのことに鳳珠は気づきつつも、自分ではなし得ないことをやってのける名前を知らない相手に対抗心を燃やすのだが、この時点では誰も予想し得なかった。
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実はこっそり玉も大好きです。
以前からよくラブコールを頂いていたのですが、『清和の風』の時間軸を書かないと出せない!と想い自粛してましたが、小ネタ日記でならいいかなぁとちまちまと書いてみました
[16回]